線虫が“合体ロボ”になる瞬間を野外カメラが捉えた

まず研究チームは、ドイツ・コンスタンツ近郊の果樹園で地面に落ちて腐りかけたリンゴやナシを調べ、デジタル顕微鏡を使って線虫の挙動を詳細に観察しました。
その結果、体長1ミリ足らずの無数の線虫が果実の断面の表面に集まり、互いに体を折り重ねて小さな「ワームタワー」を形成しているのを発見しました。
見つかった塔は1つあたり十数匹から多いもので数十匹の線虫によって構成されていました。
腐った果実には複数の線虫種が混在していましたが、塔を作っている個体群は驚くべきことに単一の種だけで構成されており、しかもそのメンバーはすべて飢餓や乾燥に強い耐久幼虫期(dauer期)の状態でした。
筆頭著者のダニエラ・ペレス氏(MPI-AB所属ポスドク研究員)は「線虫のタワーはただの虫の山ではなく、協調して形成された構造体、すなわち動く“超個体”なのです」と表現しています。
実際、野外で観察された塔では、基部から先端までのワームたちが一斉に体を波打たせ、まるで1本の触手のように空中へ向かってうねうねと伸び上がっていました。
そして塔全体は外部からの刺激に反応して基盤からスルリと離脱し、近くにいた小昆虫(ショウジョウバエなど)にまとわりついてその体表に付着することができました。
こうしてタワー自体が“乗り物”に取り付いて、ワームの集団がまるごと新たな環境へ運ばれていく、いわば集団でのヒッチハイクが(2例ほど)確認されています。
さらに研究チームは、この塔形成の仕組みを詳しく調べるため、モデル線虫として知られるC. エレガンス(Caenorhabditis elegans)を使って実験室内で塔を再現する実験を行いました。
餌のない寒天培地の中央に小さな垂直の柱(歯ブラシの毛)を立て、その周囲に空腹の線虫を放って観察したところ、わずか2時間ほどでワームたちが自ら集まり始めて塔を作り出しました。
この塔は出現した約8割が12時間以上安定して維持され、その間に先端から触手のような「腕」を周囲へと伸ばしていきました。
中には塔が複数の“腕”に分岐し、隣接する物体との間に橋をかけて、向こう側の新しい足場へ到達する例も観察されました。
なお、実験室で観察された塔は高さが約1センチメートル(最大1.14cm)に達する場合もあります。
塔を構成する個体は予想外にもdauer幼虫に限られません。
野外で観察されたタワーは全てdauer幼虫だったものの、ラボ実験では成虫や他齢期でもタワーを作れることが分かりました。
これは塔形成行動が特殊な耐久幼虫期だけのものではなく、より一般化した集団移動戦略である可能性を示しています。
興味深いことに、実験で組み上げた塔の中では、最下部にいるワームも先端にいるワームも同等に活発で繁殖能もあり、ハチやアリのように役割が分化している様子は見られませんでした。
このことは、遺伝的に同一な実験室内の集団では、塔の構造において個体間の平等な協力関係が成り立っていることを示唆しています。
一方で、自然環境では異なる系統の線虫どうしが混ざって塔を作る可能性もあり、「誰が協力し誰がただ乗りするのか」という興味深い疑問が浮かぶ、と研究チームは指摘しています。