「羊のなる木」。今見るとなんともシュールなこの絵は、かつて中央アジアで本当に信じられていた伝説を絵にしたもの。中世に “Tartary” と呼ばれた地域の森を歩けば、この植物?に出会うことができると語られていたのです。
「バロメッツ」とも呼ばれたこの不思議な木の伝説は、多くの作家や哲学者、科学者までをも何世紀にもわたって困惑させるものでした。中世イングランドの騎士であるジョン・マンデヴィルは、その旅行記の中で “Tartary” に降り立った際にバロメッツと遭遇したことを綴っています。
今日では、マンデヴィルの旅行記が当てにならないことを誰もが知っていますが、当時の人々はその記載を当然のように真に受けました。マンデヴィルが記したバロメッツは、一つの茎に何匹かの「羊」がなるものでしたが、他の地域に言い伝えられたものには、一つの茎につき一匹だったとするものもあります。
そんな風に様々な尾ひれ背びれが付き始めた頃、著名なイタリア人博学家ジェロラモ・カルダーノがその「不存在」の証明に立ち上がります。彼はその証明の中で、土壌だけでは羊が生きていくための熱量を確保できないことを主張しました。
その主張は、激しい議論を生む結果となります。「羊のなる木」の存在を信じてやまなかったイタリア人植物学者クロード・デュレは、カルダーノの主張を一蹴。そんな彼の主張は、「“Tartary” のような密度の濃く、重い空気の中では、バロメッツは存在することができる可能性がある」といった非科学的なものでした。
そんな熱狂的な信者まで産み出したこの「羊のなる木」は、そもそも何がきっかけで語られるようになったのでしょうか。
その答えは単純。当時インドから西アジアや東ヨーロッパへと輸出された「木綿」でしたが、古代ギリシャの人々は木綿についての知識を持っていませんでした。そのため、そこに都合よく面白い脚色がされていったことが考えられます。
「羊のなる木」は実在しませんが、このストーリーは「科学」と「神話」、「フィクション」と「ノンフィクション」の境目をあいまいにする、非常に面白い例です。そして、私たちの興味をそそり、心に残るのは、真実を追求する「科学」よりも、想像を描いた「神話」であることの方が多かったりするものです。
via: atlasobscura / translated & text by なかしー
平行植物に