同じ心停止なのになぜ生存率が異なる?

交通事故のニュースを聞くたびに、自分や家族が事故に遭ったらどうなるのだろうと、不安になることがありますよね。
同じような事故に遭っても、どこで事故が起きたかによって生存率に大きな差があるとしたらどうでしょう?
これは決してあり得ない話ではなく、むしろ現実の問題として、私たちが暮らす日本国内でも起きていることなのです。
なぜならば、そもそも心停止から患者が助かるかどうかは、決して偶然や運だけで決まるものではありません。
心停止後に命を取り戻すまでの流れは、『救命の連鎖』という言葉で表現されます。
これは、倒れた人を発見して救急通報をすること、胸骨圧迫などの心肺蘇生(CPR)を行うこと、AED(自動体外式除細動器)を使って早期に電気ショックを与えること、そして最終的に高度な医療施設に迅速に搬送して専門的な治療を受けること、という4つのステップが連鎖的に素早く繋がることで、初めて命が救えるという考え方です。
これまでの研究では、この救命の連鎖がスムーズにつながるかどうかには、主に患者自身の状態や事故の状況が重要と考えられてきました。
例えば、患者が高齢であるかどうか、心停止の瞬間が誰かに目撃されたかどうか、そして周囲に心肺蘇生を行える人がいたかどうか、といった要素です。
心臓病などの病気が原因で心停止が起きた場合には、心臓の状態を示す心電図の初期波形が「心室細動」という電気ショックで救いやすい状態であるかどうかが、特に生存率を大きく左右します。
こうした要因は科学的にも多くの研究で実証されていて、医療従事者や救急隊員たちにとってもよく知られていることです。
しかし最近の研究では、患者自身の状況だけでは説明できない大きな謎が浮かび上がってきました。
同じような条件で心停止が起きたとしても、日本の中で地域によって明らかに生存率が異なっていることが分かってきたのです。
実際、2013年にHasegawaらが日本全国の院外心停止を調べた研究では、「神経学的に良好な状態」で生存できる割合に、地域間で約2倍もの差があることを報告しています。
この差は、患者の年齢や症状の違いを考慮しても説明できませんでした。
また、2018年の別の研究でも、日本国内で救命講習を受けた人が多いかどうかや、AEDが普及しているかどうかなど、一般に生存率に重要とされる要素だけでは地域差を十分に説明できないと指摘されています。
では、こうした地域差を生んでいる本当の原因とは、一体何なのでしょうか?
この疑問に答えるために、研究者たちは特に「交通事故による心停止」に注目しました。
なぜ交通事故かというと、交通事故による心停止は心臓病が原因の心停止とは大きく異なる特徴があるからです。
交通事故の場合、衝突の衝撃で体の内臓や血管が損傷し、大量出血が起きることがあります。
こうした状況では、現場での応急処置も大切ですが、何よりも緊急手術や輸血などの高度な治療が迅速に行える病院に早く搬送することが、命を救うためには極めて重要になります。
つまり、交通事故による心停止の場合は、AEDの存在や市民の意識よりも事故後に「どの病院へ」「どのようなルートで」「どれくらい迅速に」搬送できるかという、地域の医療体制そのものが生存率を左右する可能性が高いのです。
そこで今回の研究では、日本全国の交通事故による心停止を調査し、地域間の生存率の差がどれくらいあるのか、そしてその差がどんな地域の要因から生じているのかを明らかにすることを目指しました。
交通事故による心停止患者の「助かる・助からない」を決めていた、本当の原因は一体何だったのでしょうか?