膵臓がん、治療困難の原因と植物由来の新しい可能性

膵臓がんは、「最も治療が難しいがんの一つ」と呼ばれるほど治療成績が悪い病気です。
世界中で膵臓がんの患者数は年々増加しており、残念なことに5年後に生存している人は全体の10%未満と報告されています。
この生存率が極めて低い理由の一つに、膵臓がんが「静かに進行するがん」であるという特徴があります。
膵臓がんの初期段階では自覚症状がほとんどなく、多くの患者ががんの進行に気付かないまま、気づいたときにはすでに手遅れの状態にまで病状が進んでしまっています。
さらに問題なのは、膵臓がん細胞の持つ特別な性質です。
膵臓がんは周囲の正常な組織に素早く侵入し、リンパ節や肝臓など別の臓器へとすぐに転移してしまうため、治療がとても難しくなります。
手術や放射線療法、化学療法といった現在の医療技術では膵臓がんを完全に取り除くことが困難であり、また抗がん剤などに対しても非常に抵抗力が強いという性質があるため、新しい効果的な治療法の開発が大きな課題となっています。
こうした背景から、がん治療の研究者たちは、これまでとは全く異なる視点から新しい治療法を探し始めています。
中でも、自然に存在する植物に含まれる薬効成分に着目し、そこからがんを治療する新しい物質を探し出すという方法が注目されています。
植物由来の成分を使うという方法は、体にかかる負担が比較的少なく、安全性が高いことから特に期待されています。
そのような植物の一つとして、最近、身近な甘味料として知られているステビア(学名: Stevia rebaudiana)が注目されています。
ステビアは南米原産の多年草で、その葉は非常に甘味が強く、食品や飲料の砂糖代替品として広く使われています。
ステビアがこれほど人気を集める理由は、その強い甘さがあるにもかかわらずカロリーがゼロであり、健康的なイメージがあるからです。
実はステビアの葉には甘さをもたらす「ステビオール配糖体」と呼ばれる成分以外にも、多くの有益な成分が含まれています。
その中には、抗酸化作用(体の酸化を防ぎ、老化を遅らせる作用)や抗炎症作用、血圧を下げる降圧作用、さらにはがん細胞の増殖を抑制する抗がん作用など、健康にプラスになる働きを示すものがあることが知られています。
最近の研究では、ステビオール配糖体やそれに関連した物質がいくつかのがん細胞に対して毒性を持ち、細胞の増殖を抑える効果を発揮するという報告が出ています。
しかし問題は、ステビアの葉をそのまま抽出した粗い状態のエキスでは、そのような抗がん効果を十分に発揮することが難しいということです。
実際に行われた研究では、粗いステビア抽出液を使った場合、がん細胞を効果的に減少させるには非常に高濃度の投与が必要であると報告されています。
つまり、ステビアの葉に眠る抗がん効果を本当に活かすためには、その成分を効果的に引き出す工夫が必要というわけです。
そこで広島大学の杉山政則教授(予防医学)らの研究チームは、ステビアが持つ抗がん成分をより効率的に引き出すために、微生物の力を借りる「発酵」という方法に着目しました。
発酵とは、ヨーグルトや味噌の製造に使われる方法で、微生物の働きによって食品の成分を変化させ、新しい有効成分を作り出すプロセスのことです。
この方法を植物エキスに応用すると、微生物が持つ酵素の働きによって、植物中の化合物が別の化合物へと変化します。
その結果、もともとの植物エキスにはなかった新しい物質が生まれ、健康や治療に役立つ強力な作用を持つ可能性があります。
研究チームはこれまでに1,300株以上の乳酸菌(ヨーグルトなどにも含まれる健康的な微生物)を果物や野菜、花などから見つけ出してきました。
その中から特に有望だと考えられたのが、バナナの葉に生息していた「ラクトバチルス・プランタルムSN13T株」と呼ばれる乳酸菌です。
このSN13T株を使ってステビア葉エキスを発酵させることで、本当にステビアの持つ抗がん作用を高められるのか、また抗がん作用を持つ新たな成分を作り出せるのかを確かめることが、今回の研究の目的となりました。