そもそもなぜ脳は年をとると記憶力が落ちる?

年齢を重ねると、誰でも物忘れが多くなったり、新しいことを覚えるのに苦労したりするものですが、これがなぜ起こるのか考えたことはあるでしょうか?
脳には「海馬(かいば)」と呼ばれる領域があり、ここが私たちの記憶を作り出したり、思い出を保管したりする重要な役割を担っています。
しかし、年をとるとこの海馬が最もダメージを受けやすく、その影響で記憶力が徐々に衰えてしまうのです。
かつては「脳の老化」という現象は、時計の針が戻らないように一方通行で、いったん老化が始まれば取り返しのつかないものだと考えられていました。
ところが近年のさまざまな研究によって、「実は脳の老化を遅らせたり、ある程度巻き戻したりすることができるのではないか」と期待されるようになってきています。
特に動物を使った研究では、脳を若返らせる可能性が示唆される結果が次々と報告されているのです。
しかし、いったいどのようなメカニズムで脳の老化が起き、またどのような仕組みで若返りが可能になるのか、その詳しい仕組みはまだ明らかにされていません。
たとえばアルツハイマー病のような病気では、脳の神経細胞が次々と死滅することで記憶力が低下します。
ところが通常の加齢による物忘れは、実はこうした病気とは少し異なり、神経細胞そのものが大量に失われるわけではありません。
むしろ、神経細胞同士のつなぎ目である「シナプス」と呼ばれる部分が、年齢とともに徐々に弱ってしまうことが主な原因と考えられています。
脳の中では毎日さまざまな情報が神経細胞から神経細胞へ電気信号として伝わっており、シナプスはその情報をやりとりする重要な交差点です。
もしシナプスがうまく機能しなくなると、情報の流れが悪くなり、記憶がうまく保てなくなってしまうのです。
では、なぜ年を取るにつれてシナプスの働きが衰えるのでしょうか?
これまでの研究では、老化した脳の中で特定の遺伝子が働きにくくなったり、あるいは特定の物質が多くなったり少なくなったりする現象が多く観察されていました。
しかし、これらの変化が実際にどの程度「記憶力の低下」や「シナプス機能の衰え」といった老化現象の直接の原因になっているのか、その因果関係はあまり明らかではありませんでした。
つまり、「脳の老化の真犯人」はこれまでなかなか特定できていなかったのです。
そこでアメリカのカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の研究チームは、「加齢によって脳内で特に増えているもの」の中に老化を引き起こす「真犯人」がいるのではないかと考えました。
もしこの犯人を突き止め、その働きをコントロールできるならば、老化した脳の機能を回復させる手がかりになるかもしれない——。
研究者たちは、そんな新たな視点で研究をスタートさせました。