「動けば目」「止まれば耳」のルールは人間にもあるのか?
私たちの脳は、体の状態によって「どの感覚を信じるか」を柔軟に切り替えています。
今回のマウス実験では、「止まっているとき=耳優位」「動いているとき=目優位」という判断スイッチが、自動で切り替わることが分かりました。
静止時には小さな音にも気づきやすい“耳のセンサー”に、走り出すと目の前のものに注意を向ける“目のセンサー”に、自然と切り替えるのです。
これはまるで、日常でも車を運転しながら目的地を探すときに「あれ、ラジオちょっと小さくしようかな」と思ったり、静かな夜に遠くの物音に気づくために耳を澄ます行動に似ています。
脳は状況に応じて、どの感覚に注目するかを自分で選んでいるのです。
進化という観点でも、この仕組みは理にかなっています。
たとえば野生では、走る状況なら視覚で周りを見て判断し、静かにしているときには音で安全や危険を察することが、生き残りに有利に働きます。
今回見つかった脳の“感覚スイッチ”は、そうした生きものに備わった賢さとも言えるでしょう。
ただし今回の結果はマウスでの研究であって、人間で同じ現象が起きるかどうかはまだわかっていません。
将来、VR(仮想現実)や脳の画像を使った研究でぜひ確かめたいところです。
さらに、感覚のすみ分けが苦手な人、たとえば自閉症や感覚過敏の人には、「動くときは視覚を控える」「止まるときは耳を優しく刺激する」といった環境の工夫にヒントを与えてくれるかもしれません。
この研究は、「私たちの脳はただ受け取るだけでなく、自分で必要な感覚を選びとっている」というメッセージを伝えてくれます。
行動の裏には、脳が常に「いま頼るべき感覚はどれか」を判断し、最適な方法で世界を感じ取っている知恵があるのです。