ご遺体の細胞が生きているうちの迅速解剖でHIVの巣を特定
ご遺体の細胞が生きているうちの迅速解剖でHIVの巣を特定 / Credit:Canva
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ご遺体の細胞が生きているうちの迅速解剖でHIVの巣を特定 (3/3)

2025.09.10 22:00:06 Wednesday

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「迅速剖検」はHIVを根絶する鍵になり得る

「迅速剖検」はHIVを根絶する鍵になり得る
「迅速剖検」はHIVを根絶する鍵になり得る / Credit:Canva

今回の研究によって明らかになったことの中でも特に重要なのは、「HIVは薬で抑えられている間も体の奥深くで生き続けている」という事実です。

これまでHIVの治療が進んだことで、薬を毎日飲み続ければ、感染していても健康に暮らせるようになりました。

しかし、今回の研究は、薬を飲んでいる間はHIVがただ静かになっているだけで、実は体のあらゆる臓器の奥深くに潜んでいることを明確に示したのです。

そして、その潜んでいるウイルスが体内に残っていることで、思わぬ問題が起こる可能性が指摘されています。

例えば、治療を続けていてもHIV感染者では、心筋梗塞や脳卒中、がんといった病気を発症するリスクが、HIVに感染していない人と比べてやや高くなることが報告されています。

また、一部の患者さんでは記憶力が落ちるなどの認知機能の問題が生じることも報告されています。

このような健康問題がなぜ起こるのかというと、薬で抑えられていても体内に潜伏しているHIVが、免疫システムに小さな炎症を起こし続けているからだと考えられています。

特に脳など重要な臓器に潜伏しているウイルスは、慢性的な炎症を引き起こすことで、こうした体へのダメージを長期的に与える可能性があります。

つまり、HIVを血液検査で検出できないほど抑えることは重要ですが、それだけでは十分とは言えず、体内に潜んでいるウイルスをいかにして取り除くかが、今後の治療で非常に重要な課題になっているのです。

では、どうすれば体に潜んだウイルスを根本的に退治できるのでしょうか?

その答えにつながる重要なヒントが今回の研究の結果から見えてきました。

薬をやめた患者さんのケースでは、血液に再び現れたウイルスが体中に広がる様子が確認されました。

これは裏を返せば、「血液の中でウイルスが再び増えないようにすれば、全身に広がるのを防げる可能性がある」ということを意味しています。

実際、過去には、特別なタイプの骨髄移植を受けてHIVが「治った」と考えられている患者さんが数人報告されています。

この特別な骨髄移植では、移植によって体内の免疫細胞(CD4 T細胞)が生まれ変わり、HIVに感染しにくい性質を持つようになります。

その結果、薬を飲まなくても血液中でウイルスが増えなくなり、体の他の部分へもウイルスが再拡散しないという状態が実現しました。

ただし、重要な注意点があります。

今回の研究チームが調べた患者さんは、こうした骨髄移植を受けたわけではありません。

そのため、この研究が証明できたのはあくまで、「血液中のウイルスが再び増えることが、全身への再拡散につながる」という仕組みが主なものとなります。

骨髄移植が効果的だった患者さんたちについては、今回の研究から直接的に確認されたわけではなく、あくまで間接的なヒントが示されたに過ぎません。

それでも今回の研究は、「迅速剖検」という画期的な方法を使って、患者さんが亡くなった直後の新鮮な組織サンプルを広く集め、HIVが潜んでいる場所や再拡散の経路を詳細に調べることに成功しました。

これは、従来の研究方法では非常に難しかったことであり、この研究に参加した患者さんたちが、人類のために自らの体を使って遺してくれた、まさに「最後の贈り物」と言える貴重なデータです。

さらに今年の1月に発表された研究でも迅速剖検の結果が発表されており、その結果、腸や肺など“外敵”が入りやすい臓器の細胞はとても「防御」している一方、リンパ節や脾臓の細胞は逆に“控えめ”な状態にあることがわかりました。

さらにHIVの“隠れ家”になる免疫細胞の一部は、防御因子が少なく、ウイルスに入り込まれやすいことも明らかになりました。

この結果は体の場所や細胞の種類によってHIVに対する防御力が大きく違うことを意味します。

このように迅速剖検によって得られた「HIVの潜伏場所の地図」は、HIVを根本的に治療するための新しい治療法を生み出す鍵として期待されています。

迅速剖検はHIVとの長い「かくれんぼ」に終止符を打つための、大きな一歩と言えるでしょう。

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ご遺体の細胞が生きているうちの迅速解剖でHIVの巣を特定 (3/3)のコメント

ゲスト

ここにmRNAワクチンというターゲットの遺伝子情報を自在に書き換える能力を持つ魔法のワクチンがありますよ?
実は書き換える前に遺伝子情報をゼロフィルする仕様になってます。
開発段階でそうしないと遺伝子情報を書き換えできないことがすでに判明していたのでね。
HIVの遺伝子情報は調べれば分かるのですから、それによって書き換えられる前の元の遺伝子情報で上書きしてしまえばよろしいのです。
HIVの遺伝子情報だけをゼロフィルして消去してしまえるのならそれが一番ですが、先述の方法にはある利点があります。
それはゼロフィルして上書きした遺伝子情報はプロテクトがかかってしまってそれ以降の改変に強い抵抗性を持つようになる、というものです。
これはワクチンとしては致命的な欠陥(頻繁な書き換えが必要なので)なのですが、今回はワクチンとして使うわけではなく、HIVウイルスが自分の遺伝子情報を書き込んで自分の複製をつくることを阻止することが目的なのでむしろ好ましいことです。
そして仮にこれをHIVウイルスが突破して書き換えできるようであればその仕組みを模倣してmRNAワクチンにバックポートして、このワクチンが持つ致命的な欠陥を修復することもできてしまうのです。
敵の出方を見て、その手法を学び、そしてそれを用いて敵を狩る。
敵は最終的に自分自身と戦う羽目になるわけです。

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