ヘディング回数が多い人ほど「灰白質と白質の境界がぼやける」
研究の結果、ヘディング回数が多い人ほど、額の奥(眼窩前頭皮質)にあるGWI(灰白質と白質の境界)と、近くの脳溝の底で“境目のくっきり感”が弱まっていることが分かったのです。
拡散MRIの指標で見ると、この“ぼやけ”は微細構造の乱れとして現れます。
逆に、脳の深部では同様の変化ははっきりしませんでした。
つまり、ヘディングの影響は脳の表面近くの限られた場所に集中的に出ていたのです。
研究チームは、この理由について、「灰白質と白質は硬さや密度が少し違うため、頭部に衝撃が入ると動く速度が揃わず、境目で“ずれ(せん断力)”が生じる」と説明しています。
特に脳溝の底では力が集中しやすく、そこが“弱点”になりやすいと考えられます。
実際、外傷性脳損傷(TBI)やCTEでも、このあたりの組織が傷つきやすいことが知られています。
さらに、境目の“ぼやけ”が強い選手ほど、言葉のリスト学習の成績がわずかに低下していることも分かりました。
いずれも“臨床的な障害”と呼ぶほど大きな差ではありませんが、統計的にはヘディングの頻度が上がるほど、成績が少しずつ下がる傾向が見られました。
また、ヘディング回数が特に多い選手(例:年1000回超の重度群)で差が大きく、低頻度(例:週2回程度)では非接触スポーツ選手と大きな違いは見られにくい傾向でした。
とはいえ、ここで大切なのは、「安全ラインを一律に決められるわけではない」ことです。
遺伝的な体質や脳震盪の既往などの個人差により、同じ回数でも影響の出方は変わります。
つまり、“少ない回数でも影響を受けやすい人”もいれば、“多くても影響が出にくい人”もいる、ということです。
では、ヘディングはどれくらい危険なのでしょうか。
今回の結果は「ヘディングの頻度が上がるほど、脳の特定の境目が乱れ、学習テストの点がわずかに下がる」という関連を示しました。
一方で、これは時点の観察にもとづくもので、因果関係を断定するものではありません。
また、今回見つかった“境目の乱れ”が、将来のCTEや重い認知症に直結するかどうかも、まだ分かっていません。
だからこそ、同じ手法を用いた長期の追跡研究が必要です。
それでも、この成果は大きな一歩です。
これまで「見えにくかった」脳の表面近くの変化を、客観的な指標として捉えられるようになりました。
将来的には、この指標を“脳のダメージ早期警告”として用い、選手一人ひとりの練習メニューや休養、指導法を調整していくことが期待されます。
たとえば、ある選手のGWIが悪化しはじめたら、ヘディング練習を減らす、当て方を見直す、回復期間を長くするといった、個別化された予防が可能になるかもしれません。
見えなかった衝撃を、見える形に。脳を守るサッカーの未来は、ここから始まります。