意識は「音の設計図」を本物の声だと思い込む

今回の研究チームは、人間が黙読をしている時の脳の中に本当に「音の特徴に結びつく信号」があるかどうかを、確かめようとしました。
そのためにまず実験に参加した被験者10名に数時間分(約4万3千語)の物語調のニュースレビュー(技術や文化など様々な話題)を黙読してもらい、その間の脳波(頭皮で測る電気信号)を測定しました。
そして分析にあたっては「文字の見た目の特徴」、「意味の特徴」、そして「音の特徴」という3種類の説明用データを用意し、どれが脳波の変化をどれだけ説明できるかを比べました。
その結果、脳波の中に単語の音の特徴に結びつく成分が統計的に見いだされました。
さらに興味深いことに、その成分は録音した音の波形を丸ごと写したものというより、音の特徴(周波数の成分など)を運ぶ「音の設計図」が時間の順番つきで現れていることを示唆します。
コラム:音の設計図とは?
音の設計図と言っても、なんとなくイメージしにくいかもしれません。まず大前提として、「音の設計図」は“本物の音”ではありません。録音した声の波形を、そのまま頭の中で再生している、という話ではないのです。むしろ逆で、黙読のときに必要なのは「音を忠実に鳴らすこと」ではなく、「意味に到達すること」です。意味にたどり着くには、音のすべては要りません。輪郭だけで十分なことが多いのです。波形そのものではなく、音の特徴(周波数の成分など)でも意味に近づけることがあります。そこで脳は、音を“再生”する代わりに、音を特徴に変換して持ち歩く――そんなイメージが「設計図」です。たとえるなら写真と線画の違いです。線画は色も質感も消えているのに、顔の輪郭とパーツの配置さえ合っていれば「これは顔だ」と分かります。
しかしそうならば、なぜ私たちの意識は黙読時に本物の声のようなものを感じるのでしょうか。
理由の1つとして、「音の設計図」レベルの信号でも、脳の言語処理が動けば、意識の側では十分「声」として受け取れるのかもしれません。
骨格さえそろっていれば、それが声や言語の処理領域に届くことで、意識にとってはそれだけでも「これは声だ」と感じられるのでしょう。
この発見は、人が文章を理解するメカニズムに新たな手がかりを与えるものです。
読書は視覚の作業だと考えられがちですが、脳内では音の設計図を使っている可能性が示されたからです。
さらに今後は、「黙読中の声」が脳のどの場所と関わるのかを、どこが動くかを細かく見られる脳スキャンで確かめる研究も必要になりそうです。
黙読という静かな行為の裏で、どんな“音の設計図”が生産されているのか――それを知ることは、自分の内側で鳴っている声との付き合い方を、少しだけ変えてくれるのではないでしょうか。





























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