超伝導回路の上で量子エンジンが動き出した

研究者たちが着目したのは、「量子回路冷凍機」という、小さいながらも変わった性質を持つ部品でした。
名前は「冷凍機」ですが、この装置のおもしろいところは、冷やすだけではないという点です。
電圧の設定を切り替えるだけで、相手を”冷やす”ことも”温める”こともできます。
蛇口をひねる向きでお湯も冷水も出せる混合水栓のように、たった一台が、電気の合図ひとつで「いまは温め役」「いまは冷やし役」と早変わりできるのです。
これまでの壁は、繊細な量子の部品に、ちょうどよい温度を、ちょうどよいタイミングでくり返し浴びせ続ける難しさにありました。
この量子回路冷凍機は、まさにそこを解く鍵でした。
温める設備と冷やす設備を別々に用意する必要がなく、一台で精密な温度の切り替えをまかなえるからです。
さて、これで熱機関に欠かせない「温める」と「冷やす」はそろいました。
では、肝心の”力を取り出す”部分はどうするのでしょうか。
車のエンジンでいえば、「膨張」と「圧縮」を受け持つ”働き手”が必要です。
ここで登場するのが、特殊な量子ビット(トランズモン量子ビット)です。
これは超伝導回路の上に作られた”人工の原子”のようなもので、熱を受け取ったり冷やされたりしながら、仕事を生み出す”働き手”になります。
車のエンジンで言えば、量子回路冷凍機が熱を加える役(燃焼)と、熱を捨てる役(排気・冷却)の両方を担当し、特殊な量子ビットが、シリンダーの中で膨らんだり縮んだりして力を生み出す気体の役割と言えます。
この人工の原子には、ちょっとおもしろい性質があります。
それは、決まった「音程」を持っている、ということです。
ギターの弦を強く張られた状態は高エネルギー(高い音)で、弦をゆるめると低エネルギー状態(低い音)になる——あのイメージに近いと思ってください。
この人工原子の”音程”も、外からの操作で上げ下げすることができます。
専門的には、この「音程」にあたるものを「周波数」と呼びます。
研究者たちは、この人工の原子にかける磁場の強さを電気信号で加減して、弦の張り方のレベル(音程)を上げ下げしました。
弦を緩めて音程を下げることは、エネルギーの放出(膨張)で、弦を張って音程を上げることは、エネルギーの注ぎ込み(圧縮)にあたります。
こうして、加熱と冷却、エネルギーの注ぎ込み(圧縮)と放出(膨張)、というサイクルに必要な要素がすべてそろいました。
これにより「温める➔エネルギーを吐き出す(膨張)➔冷やす➔エネルギーを注ぎ込む(圧縮)➔そしてまた温める・・・」というサイクルが量子回路冷凍機と磁場が交互に働いて、回せるようになったのです。
仕組みが完成すると、研究者たちは、精密にタイミングを合わせた電気の合図で、この四つの動きを人工の原子の上で最大3回くり返し——車のガソリンエンジンと同じ仕組みの熱サイクルを再現してみせました。
するとサイクルを通じて量子ビットから正味プラスの仕事が生じていることが確認されました。
熱力学の法則どおり、熱が仕事に変わっていたのです。
取り出せた仕事の量はごくわずかで、それ自体がすぐ何かの役に立つわけではありません。
それでもこれは「超伝導回路でも量子の熱機関がちゃんとサイクルで稼働する」ことを示す確かな証拠です。
ウースナッキ氏も「これは超伝導回路において、サイクル動作する量子熱機関を世界で初めて実験的に実証したものです。一つの制御可能な量子冷凍機を高温環境と低温環境の両方として使うことで、装置はよりシンプルで、より多用途なものになります」と述べています。
小さな一歩ですが、確かな一歩。
原理的には正しく動いている——そのことが、実験で裏付けられたのです。



























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