小説の続きをAIに先回りされた作家の嘆き

論文には、ある同人作家の悲鳴が引かれています。
その作家は、自分の長編連載小説を、二週間おきに書いて発表していました。
ところがある日、長年のファンを名乗る匿名メッセージが届きました。
そのファンは、作家が新章を書き上げる前に、作者の文章をChatGPTへ入力し、ひっそりとAI版の続きを読んでいたと、打ち明けたのです。
作家はこれを知ったとき、「胸が痛んだ」と書いています。そして、AIを使われたことを「ひどく侮辱的で、自分の作品を踏みにじられたように感じる」と表現しました。
AIがくれる「すぐに読める」という魅力。その裏側で切り捨てられているのは、生身の人間が、時間と労力をかけて差し出そうとしていた、何かなのかもしれません。
いま見た作家の一件も、じつは大きな流れの一部です。
研究チームは、こうした「自分ひとりで完結する」物語の作られ方を、意外なものになぞらえます。ポルノグラフィの消費です。
これは「AIで物語を作るのは、ポルノと同じでいかがわしい」とか「有害だ」という話では、まったくありません。
彼らが言っているのは、両者の”かたち”がよく似ている、ということです。
自分の好みにこまやかに合わせられ欲しいときに、すぐ手に入り飽きるほど何度でも繰り返せ、そして他人との関わりを、ほとんど必要としない。
そういう消費のかたちです。
1990年代にインターネットでポルノが広まったとき、一部の論者は「これで人は、いっそう孤立してしまうのではないか」と心配しました。
AIで物語を作る営みが呼び起こす不安も、それとどこか同じ形をしている──研究チームは、そう指摘しているのです。
新しい技術が現れるたびに、人の楽しみは少しずつ、「誰かと分かち合うもの」から「自分ひとりで完結するもの」へと形を変えてきました。
AIによる物語づくりも、その長い流れに、また一つ加わろうとしているのかもしれません。
物語はこれまで、書いた誰か――もう一人の人間――と出会うための窓でした。
その窓が、自分の望みをそのまま映し返してくれる鏡に変わるとき、私たちは何を得て、そして何を失うのでしょうか。
その答えは、まだ出ていません。研究チーム自身、「データを眺めているだけでは、人がなぜそうするのかは分からない。次は、実際に人に会って、話を聞く必要がある」と、宿題を残して論文を締めくくっています。
ただ、ひとつだけ、確かに見えたことがあります。
57万件の会話の奥にあったのは、単なる「新しい物語の山」ではありませんでした。
そこにあったのは、”書く”と”読む”という営みが、これから思いもよらない形に変わっていくかもしれない――そんな、これまで見えなかった景色だったのです。



























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