アザラシの仲間だけが水陸両用の耳を持っている

プールに潜っているとき、水面の上から呼びかけられて、何を言っているのかさっぱりわからなかった経験はないでしょうか。
あれは、水が音を通さないからではありません。むしろ水は、空気よりも音をよく伝えます。問題は、水の中にいるあなたの耳のほうにあります。
私たちの耳は、空気の震えを鼓膜で受け止め、それを奥へ送り届けることで音を聞いています。
陸の上なら、この空気の部屋がうまく働きます。空気の震えを、空気が受け継ぐ。同じ素材どうしなので、受け渡しはなめらかです。
ところが水の中では、この空気の部分が壁に変わります。
音は、水と空気の境目を通り抜けるのが、極端に苦手なのです。
たとえば海水と空気のあいだでは、音の99.9パーセントがはね返されてしまうことが知られています。
水中の音にとって、耳の中の空気は、ほとんど鏡なのです。
クジラは、この問題を力業で解決し、耳を水中専用に作り替えてしまったのです。ただその代償として、彼らは空気中で音を聞くことが、ひどく苦手になりました。
陸の音と海の音を、どちらもはっきり聞く。それは物理の側が簡単には許してくれない、無理のある注文です。
ところがアザラシの仲間は、その無理を通しています。
彼らは繁殖のために陸へ上がり、餌を獲るために海へ潜ります。
片方に賭けて、もう片方を捨てるという選択肢がありません。
そして実際に、両方でしっかり聞こえています。水中で音がどちらから来たのかを正確に言い当てることができますし、ざわついた音の中から必要な声だけを拾い出すこともできます。
哺乳類でこれができるのは、彼らだけです。
では、どうやってアザラシたちは水陸両用の耳を機能させているのでしょうか?
長らく有力視されていた説は骨伝導です。
鼓膜を通さずに、頭の骨や肉を伝わって、音の震えが直接奥まで届くルートのことです。録音した自分の声を聞いて違和感を覚えるのは、ふだん自分の声を骨伝導込みで聞いているからだと言われます。
耳の入口に鏡があって音が入れないのなら、鏡を迂回して、頭から直接届いているのだろう。筋の通った、わかりやすい説明でした。
ただ、この説明には2つの大きな穴が開いていました。
まず、音が弱くなりすぎます。
骨伝導で水中の音を受け取ろうとすると、信号はおよそ30デシベル分そぎ落とされてしまうことがわかっています。
デシベルは「元の何倍になったか」を表すための、いわば倍率のものさしで、音の強さ(エネルギー)で言えば、10進むごとに10倍になります。
ですから、10デシベル弱まれば10分の1。20デシベルなら100分の1。そして30デシベル弱まるというのは、エネルギーが1000分の1になるということです。
厚い壁を一枚はさんで、隣の部屋の会話を聞いているようなものです。誰かがしゃべっているらしいことはわかっても、何を言っているのかまでは届きません。
ところが実際のアザラシは、水中で音の細部まで聞き分けています。
壁越しにぼんやり届く音だけでは、その鋭さの説明がつきません。
それにもし骨伝導で十分なら、人間でもイヌでも同じように水中の音が聞こえるはずですが、実際にはそうではありません。
さらに骨伝導は、頭全体で音を受け取る仕組みです。
頭がまるごと震えるため、音がどちらから来たのかを判断する手がかりが弱くなります。
ですが実際のアザラシは、水中で音の方向をかなり正確に特定できます。
つまり骨伝導だけでは、アザラシの水陸両用の耳を説明しきれずにいたのです。































