脳の反応は弱くても、音楽が好きだという答えは変わらなかった

じっと聴いているだけなのに、なぜ「運動」の場所が明暗を分けたのか?
研究チームが注目しているのは、補足運動野の役割が体を動かすことだけではない、という点です。
この場所は、次のメロディーを頭の中で思い浮かべることや、音楽の心地よさ、知っている曲だと気づく働きにも関わると考えられてきました。
好きな曲には、たいてい聞き覚えがあります。
「あ、この曲だ」と気づくことと、つい口ずさみたくなることは、切り離されてはいません。
著者らは、補足運動野がそうした複数の働きを束ねる結び目になっている可能性を挙げています。
そして前頭側頭型認知症では、この場所とつながる脳の回路が早くから傷みやすいとされています。
いま自分にとって大事なものを拾い上げ、そこへ注意を向ける回路(サリエンス・ネットワーク)です。
アルツハイマー病では、この回路は比較的保たれます。
音楽を支える仕組みの、どこが先に傷むのか。
その違いが、反応の差として現れたのかもしれません。
脳の明かりだけでなく、研究チームは聴いたあとの気持ちも尋ねています。
好きな曲を聴いたときの心地よさ、気持ちの高ぶり、そして自分の人生で音楽がどれだけ大事か。
参加者自身が答えたこれらには、3つのグループでめだった差がありませんでした。
それどころか前頭側頭型認知症の13人のうち7人は、病気になる前より音楽を強く求め、繰り返し聴くようになったと身近な人が報告しています。
脳の一か所の反応が弱いことと、その人が音楽を楽しめないことは、同じではないのです。
著者らは、病気の種類によって、音楽を使ったケアの効き方も変わるかもしれないと述べています。
本人の好きな曲を選ぶことに加えて、その人の脳が音楽をどう受け取るのかも、どんなケアを選ぶかの手がかりになるということです。
音楽の使いどころは、ケアだけではないかもしれません。
症状が重い人ほど、好きな曲と聞き慣れない曲の反応の差が小さくなる場所もありました。
音楽は心を動かすだけでなく、脳のどの働きが保たれているかをのぞく窓にもなると著者らは考えています。
ただし、60人のうち前頭側頭型認知症の参加者は13人です。
偶然の差が混じっている可能性は、著者ら自身が認めています。
それでも、好きな曲のほうが強く反応することは、3つのグループのどれでも共通して見えていました。
好きな一曲は、認知症の脳にもきちんと届いていたのです。
筆頭著者のヨッフム・ファン・ト・ホーフト氏は、研究所の紹介記事で
「ただの音楽ではなく、あなた自身の音楽なのです」
と述べています。
認知症を調べることは、「何が失われたのか」を数えることだけではありません。
その人が大切にしてきた一曲を通して、「今も、何に反応しているのか」を知ることでもあるのです。




