世紀の難問に光を与えた日本人
「すべての楕円曲線はモジュラーである」
またまた一般人には意味不明なこの一文が、「谷山-志村予想」または「志村-谷山-ヴェイユ予想」の主張だ。
ちなみに数学における「予想」とは、真だと考えられるが、証明することはできていない命題のことだ。「予想」が証明されるとそれは「定理」になる。
だから「フェルマーの最終定理」も厳密には「予想」になるわけだが、そこは証明できたと断言したフェルマーに敬意を払っておこう。
楕円曲線とは数論(数の性質について論じる数学の分野)における理論の一つで、解くと解が数列のような形で複数得られる。
一方モジュラーというのは、簡単に言うと四次元空間の無限の対称性について論じたものだ。
そんな説明じゃさっぱり意味がわからないよ! という人は、下のエッシャーの絵画「サークルリミットⅣ」を見てほしい。

この絵はモジュラーの理論を使って二次平面上に複雑な対称性を持つ模様を描いているので、この絵を眺めて「なんかこういう不思議なパターンを定式化するお話なんだ」と思ってもらえればいいと思う。
この楕円曲線とモジュラーはそれぞれの解がよく似た数列のパターンで得られるのだが、「谷山-志村予想」はこのよく似た解が似ているのではなくて、同じなのだと主張したのだ。
数学のまったく異なる領域の問題が、実は同一の概念を論じているというこの主張は、とても大胆で驚くべきものだった。
最初にこのアイデアを閃いたのは、予想名の中に名を連ねる谷山豊(たにやま とよ)だった。
しかし谷山はこのアイデアを思いついた数年後に自殺してしまう。盟友の死を嘆きつつ、そのアイデアを定式化したのが志村五郎だった。
「谷山-志村予想」は一般的にはあまり知られる機会のない理論だが、その後数々の数学者たちの研究で、「フェルマーの最終定理」と結び付けられることになる。
フェルマーの最終定理は楕円曲線に変換可能であり、その解に対応したモジュラーは存在しない事が示されたのだ。つまり「谷山-志村予想」が正しければ「フェルマーの最終定理」はその命題の通りに解を持たないことになる。
二人の日本の数学者によって生み出された数学理論は、このとき長年の数学の難問の解決と直接結びついたのだ。