Point
■男性のテストステロン値と、自閉症に特徴的な認知的共感性の減少の間に相関がないことが示された
■これまで主流だった「極度な男性型脳」仮説を否定する結果
■この結果について、テストステロンの自閉症への関与を完全否定するものではないと考える研究者もいる
約80年前に行われた世界初の自閉症の臨床報告。それ以降、女性と比べて遥かに男性のほうが多く自閉症と診断されてきました。しかしこれまでその原因を突き止めた人はいません。
その仮説として今もっとも有力なのが、発達心理学者サイモン・バロン=コーエン氏が2011年提唱した「極度な男性型脳(EMB : extreme male brain)」仮説です。この仮説によると、母親の子宮内のテストステロン値が高いことが「他者の感情を読み取る能力が低い」などの男性的特徴を引き起こすといいます。
こうした中、男性のテストステロン値と自閉症に、特徴的な認知的共感性の減少の相関がないことを、トロント大学のアモス・ナドラー氏が証明しました。論文は雑誌「Proceedings of the Royal Society B」に掲載されています。
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2019.1062
かつてない規模の調査で因果関係を否定
これまでバロン=コーエン氏の仮説は、さまざまな点から批判に晒されてきました。たとえば、出生前におけるテストステロン値の操作が危険なことを理由に、多くの実験が相関関係に依存していたことも、批判の対象となった1つの要因です。また、調査規模が小さく、継続的な再現が行われていないことも非難されてきました。
それにもかかわらず、ナドラー氏の言葉を借りれば、「世間はこの最初の研究を、まるで確固として揺るぎない足掛かりであるかのように扱って」来たといいます。
真相を追求するため、ナドラー氏の研究チームは、2011年の調査の規模のそれぞれ15倍と25倍に相当する人数の被験者を対象にした2つの無作為化試験を実施しました。また、男性が女性の約4倍の確率で自閉症を発症しやすいことから、被験者は男性のみに絞ることにしました。
バロン=コーエン氏の調査の落とし穴の1つであった「1人の人物が同じ試験を2度受ける」という問題を避けるため、被験者はあらかじめ2つのグループに分けられました。
243名の被験者で構成された1つ目のグループは、ベースラインとしてテストステロン値を計測された後に、2011年の調査で用いられたのと同じ認知共感テスト(RMET, Reading the Mind in the Eyes Test)の前半部分を実施。RMETは、人物の目の部分だけを切り取った画像を見て、その人物の感情を答えるというテストです。
その後、肩にテストステロン入りのジェルとプラセボのジェルのどちらかを塗布された後で、テストの後半部分に取り組みました。
一方で、400名の被験者からなる2つ目のグループも上記のプロセスを踏みましたが、ジェルを鼻に塗布したことだけが異なりました。
その結果、テストステロン値と他者の思考や感情を理解する能力には因果関係が無いことが明らかになりました。ナドラー氏は、「従来の仮説がいかに説得力や信頼性に欠けるものであるか」、また「認知的共感におけるテストステロンの役割がEMB仮説をもって説明できるほど単純ではないこと」を力説しています。