歯には目を

今回の論文タイトルには「An eye for a tooth(歯には目を)」ということわざをもじったユニークなタイトルがつけられています。
研究チームを率いたブリストル大学のJanis教授は「この論文タイトルは、この動物がどう見られていたか要約したものです」と語っています。
確かにティラコスミルスは印象的な犬歯を持っています。しかし、解剖学の全体像を見たとき、多くのことが噛み合っていないのです。
例えば、ティラコスミルスはイヌやネコが肉を骨から切り取るための切歯(ヒトでいう前歯)がありません。
さらに臼歯が小さく、肉食獣が骨を噛み砕いときに残る歯の側面に沿った摩耗跡も見られません。
歯の摩耗から考えると、ティラコスミルスは飼育下のライオンよりも柔らかい食事をしていたと考えられます。
また、犬歯は他のサーベルタイガーの刃の様な形状とは異なり、平たく爪のような三角形の形状をしています。
ティラコスミルスの頭蓋骨と歯は、現在のネコ科の大型動物や、絶滅した真獣類のサーベルタイガーと比較した場合、明らかに異なっているのです。
他の科学者による、ティラコスミルスとスミロドンの頭蓋骨の性能をシミュレートした研究では、ティラコスミルスの噛みつきがスミロドンより明らかに弱いことが示されています。
しかし、ティラコスミルスはスミロドンより歯を突き立てる力は弱いけれど、手前へ引くような動作には強いことがわかっています。
これらを総合した研究チームの見解は、ティラコスミルスが犬歯で獲物を狩る獰猛な捕食者だったのではなく、死骸を開くために犬歯を使い、死骸の内蔵を専門に食べているスカベンジャー(死肉漁り)だったというものです。
Janis教授は研究をまとめて次のように語っています。
「この動物が実際何をしていたかはわかりません。しかし、少なくとも有袋類版サーベルタイガーでなかったことは明らかです。
切歯を失ったセイウチやアリクイのような動物は、摂食時に大きな舌を使っています。ティラコスミルスも同様に、犬歯で死骸を開き大きな舌を使って内蔵を取り出して食べていたのかもしれません」
500万年前のアルゼンチンの平原には、現代とはまるで異なる生態系が築かれていました。
この頃南米の大地を支配していたのは、恐鳥類と呼ばれる飛べない巨大な鳥たちでした。

現代では、捕食者の中心は哺乳類で、ハゲワシのような大型の鳥はみなおこぼれの死体を漁るスカベンジャーです。けれど、500万年前のアルゼンチンでは立場が逆で、恐ろしい捕食者は鳥であり、哺乳類が死体を漁るスカベンジャーだったのかもしれません。
しかし、それもみな絶滅してしまいました。全ては骨の痕跡から見た推測に過ぎません。
この研究は、英国ブリストル大学のChristine Janis教授を筆頭とした国際研究チームより発表され、論文は生物学・医学に関するオープンアクセスジャーナル『PeerJ』に掲載予定です。
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