土地区分のための「原始的な三角法」と判明
この粘土板は「Si.427」と呼ばれており、実際に作られたのは、古代バビロニア時代(紀元前1900年〜1600年頃)です。
発見時には、描かれている図形が何を意味するのか分からず、そのまま100年以上も放置されていました。
しかし、マンスフィールド氏は今回の研究で、粘土板の幾何学が「古代バビロニア時代の地籍文書の実例である」ことを明らかにしています。
「地籍文書とは、測量士が土地の境界を定めるために使う図面のことです。
今回のケースでは、土地の一部が売却されて分割された畑について、法的・地理的な詳細が記されています。
ここでは、直角三角形の辺を計算するためのモデル、いわゆるピタゴラスの定理が使用されています。今回の発見は、数学の歴史を語る上で重要な意味を持っているでしょう」と氏は話しています。
一方で、この三角関数は、紀元前2世紀に夜空の星を見て考案された実際の「ピタゴラスの定理」とは大きく違います。
ピタゴラスの定理は、「a2 + b2 = c2」という方程式に当てはまるものです。
直角三角形の直角に隣接する二辺をaとbとし、最も長い斜辺をcとしたとき、a2とb2を足すとc2の値に一致します。
これを使うと、完全な直角を持つ三角形や長方形を描くことができますが、古代バビロニアでは、扱える数字がずっと小さいものでした。
バビロニアは60進法を採用しており、基底の60まで数えると次の位の数1に変えていました。
たとえば、「1秒が60回で1分」や「1分が60回で1時間」などは、60進法の数え方です。
マンスフィールド氏によると「60進法では、5以上の素数を扱うことが難しいため、この三角関数で使える数字も自ずと小さくなる」と指摘します。
そのため、バビロニアの測量士が使ったのは、現代のサイン(sin)、コサイン(cos)、タンジェント(tan)を含む三角法とは異なる、原始的な三角法だったようです。
そして、この原始的な三角法は、土地の境界線の決定に使われたと考えられます。
マンスフィールド氏は、以下のように述べています。
「粘土板は、ちょうど土地が私有化され始めた時代のもので、古代バビロニアの人々は、良好な隣人関係を築くため、明確な境界線を必要としました。
この粘土板が示しているのはまさにそれで、畑を分割した後の新たな境界線の敷設に使用されたのでしょう。
同時代の他のタブレットを見ると、なぜ境界線が必要だったかが分かります。
一つの例として、2つの土地の境にあるナツメヤシの木をめぐる争いで、地元の行政官が測量士を派遣して解決することになったという記録が残されています。
それを踏まえると、土地を正確に測る能力が重要だったことは容易に想像がつくでしょう。」
原始的とはいえ、これは幾何学に対する高度な理解を示すものです。
古代ギリシャの三角法ほど高度ではなかったでしょうが、バビロニア人の数学力は、現在知られているよりずっと進んでいたのかもしれません。