移動のための器官を使って、ジェット噴射
研究主任のピーター・ゴドフリー・スミス氏は、2015年に、オーストラリア南東のジャービス港(Jervis Bay)近海にある「オクトポリス(Octopolis)」と呼ばれる場所で、シドニー・オクトパス(学名:Octopus tetricus)が仲間と交流する様子を撮影しました。
オクトポリスは、タコが巣を作れる数少ない砂地の海底の一つで、狭いエリアに膨大な数のタコが生息しています。
そこでスミス氏らの注意を引いたのは、彼らが「スローイング」と呼ぶ、一種の投擲(とうてき)行為でした。
タコは、シルトや藻類、貝殻などを体の下に保持した後、漏斗(ろうと、hyponome)と呼ばれる移動のための器官を使って、ジェット水流を起こし、物を相手の方へ投げつけていたのです。
漏斗は普段、鞴(ふいご)のように使われており、拡張後に一気に収縮させることで水を噴射し、タコを任意の方向に進ませます。
上図のAは漏斗を使って藻類とシルトを噴射する様子、Bはスローイングを受けた側のタコ。
Cはスローイング前、Dは漏斗(水色)でジェット噴射する様子。
これと同じジェット噴射は、一般に、巣穴を掘ったり、食事の残骸を捨てるときに使われますが、ここでは相手への投擲行動として用いられていました。
たとえば、あるメスのタコは、巣穴の近くにいたオスに向かって連続して10回もスローイングを行い、うち5回は命中しています。
また、一度だけ、タコが漏斗ではなく、触手を使って貝殻をフリスビーのように投げつけた例もあったようです。
こちらが、2015年に撮影されたスローイングの様子。
観察されたスローイングの大半は、ちょっかいを出してくるオスに対してメスが行うものでした。
これとは別に、激しいケンカの後で、相手のタコに対してではなく、何もない海中に向けて物を投げる場合もあり、これは欲求不満を解消している可能性があります。
特にオスは、メスに誘いを断られた後にこの形式のスローイングをしていました。
ふてくされて物に当たる人間の行動にも似ていますね。
他種の動物に向かってスローイングをする野生動物はたくさんいますが、同種の仲間を標的にする例は、チンパンジーを含めてほんの一握りです。
これは非常に珍しいことであり、タコの知能の高さを物語っています。
また、撮影中には、海底に設置した三脚に向かってスローイングをするタコもいたようで。
タコは内心「なに、勝手に撮ってんだよ」と思っていたのかもしれません。