古代ギリシャから続く謎「卵の中身はどう変わる?」
産み落とされたニワトリの卵を割ると、中から丸い黄身が出てきます。
卵を割らずに21日間置くと、立派なヒヨコが生まれるわけですが、人類は大昔からどうやって卵の中身がヒヨコに変わるのかを明らかにしようとしてきました。
その試みの歴史は長く、古くは紀元前の古代ギリシャ時代まで遡ります。
例えば、医者のヒポクラテス(紀元前460年頃〜紀元前370年頃)などは、どのタイミングで中身がヒヨコに変わるかを調べるため、ニワトリの卵を産卵後1日ごとに割って食べたといわれています。
当時の人々は、卵の中の物質が直接ヒヨコに変わるのだと考えていました。そのためヒポクラテスも、黄身がヒヨコになるのだろうと考えて観察していた可能性が高いようです。
ただ肝心要の「黄身がヒヨコに変わるプロセス」を知ることは叶いませんでした。
後に登場した、アリストテレスはさらに考察を深めていて、ヒヨコは胚から発生しており、黄身はそのための栄養源であることを理解していたようです。
ただいずれにせよ、卵の中身がどうやってヒヨコに変わるのか、その様子を観察することは叶いませんでした。
最大の障害は、炭酸カルシウムから成る不透明な殻の存在です。
卵の殻が中身を覆い隠しているため、中で何が起こっているかは見ることができません。
しかし、古代ギリシャ時代から数千年かけて発達した現代科学の力により、人類はこの難点の大部分を解決することに成功しています。
これまでの研究で、ニワトリが産んだ卵を孵卵器(ふらんき※)で3日間置いた後、卵の殻を除去して中の胚を取り出し、透明なフィルム製の容器に移して人工培養し、ヒヨコになるまでの発生プロセスを見ることには成功しているのです。
(※ 孵卵器:産卵直後の卵を適切な温度と湿度のもとで保ち、一定間隔をおいて転卵することを「孵卵」といい、この一連のプロセスを自動で行う装置を孵卵器という)
この方法は「無卵殻培養法」と呼ばれています。
ところが、この「3日間」というのが大きな壁でした。
卵の中身は大きく卵白(白身)と卵黄(黄身)に分かれていますが、これらはヒヨコの成長の栄養源(卵白は主に水分、黄身はタンパク質、脂肪、ビタミン、ミネラルなどの栄養素)であり、これが直接ヒヨコになるわけではありません。
ヒヨコに変わるのは卵黄に発生した胚の部分です。
従来の無卵殻培養法では、産卵直後のニワトリの受精卵(0日胚)を人工培養しても、この胚が正常に発生しなかったのです。
つまり今までのところ、産み落とされてから最初の3日間はブラックボックスとなっており、受精卵がどのように発生するかがわかっていませんでした。
そこで研究チームは今回、産卵直後の0日目〜21日目までの胚の発生プロセスを完全に可視化する方法の開発を試みました。