個別にねらう脳刺激の出発点

うつ病は誰にとっても身近に起こりうる心の病ですが、中には薬や従来の治療法がまったく効かない「難治性うつ病」の人もいます。
このような治療抵抗性うつ病の患者さんに対して、近年は脳に電極を埋め込み直接電気刺激を与える脳深部刺激療法などが試みられてきました。
脳は数百億個もの神経細胞が電気信号で情報交換する臓器です。
そのため、うつ状態に対しても電気で脳を刺激すれば気分を改善できる可能性が注目されてきました。
しかし、これまでの脳刺激治療は平均的な座標を目安に同じ場所をねらう方法が主流で、個人差を十分に考慮できませんでした。
人によって脳の配線や不調の箇所が異なるため、「一律のやり方では効いたり効かなかったり」というムラが生じていたのです。
そこで研究チームは「患者一人ひとりの脳の状態に合わせて最適な刺激場所と方法を個別に見つければ、もっと確実にうつ病を治せるのではないか」と考えました。
実際、うつ病の一部の人ではサリエンスネットワークが広がり、DMNやFPNの領域が小さく見えることが報告されています。
言い換えれば、うつ病では脳内の「配線図」に乱れが生じているのです。
そこで今回の研究ではまず脳の精密な地図を作成し、うつ病で変調をきたしているネットワークを特定しました。
次に、そのネットワークに対応する脳部位に電極を正確に配置し、刺激して症状を改善しようと試みました。
まさに「脳のナビ地図」を作って、そこだけピンポイントで「元気スイッチ」を押すような新しいアプローチです。
この方法なら、人それぞれ異なる脳の不調箇所を直接狙い撃ちできるため、これまで治らなかった重いうつ病にも効果が期待できます。
研究チームの目的は、この個別化脳刺激療法によって、今まで救えなかった難治性うつ病患者さんを救うことでした。