実は「ヒトの月経」は極めて珍しい現象

人体には、驚くべき再生が行われている場所があります。
それが子宮です。
子宮の内側は、普段は赤ちゃんを育てるための準備を整える場所として、柔らかく厚いベッドのように整えられます。
妊娠が起きなかった場合、このベッドの大部分は使われずに、経血として体の外へ排出されます。
これが毎月起きる生理の正体です。
コラム:実は「月経」は生物学的にみて珍しい現象
動物界を広く見渡すと、多くの哺乳類は、妊娠が成立しなかった場合でも子宮内膜を出血させることなく、体内に吸収して再利用しています。一部の霊長類や、特定のコウモリ、ゾウジネズミ(エレファント・シュルー)といった一握りの種だけが、子宮内膜を毎周期ごとに出血とともに体外に排出します。つまり、月経は生物学的にはむしろ「特殊な現象」であり、ヒトが体験する出血量や周期的な規則性は、動物全体で見ると例外的な部類に入るのです。
では、なぜヒトはこのように特異な月経を経験するのでしょうか。さまざまな説がありますが、特に有力なもののひとつが「子宮の選択(choosy uterus)」という考え方です。この説では、子宮が受精卵の質を見極めるために、毎月準備している内膜を一旦リセットする仕組みとして月経があるとされています。言い換えれば、子宮内膜をあらかじめ厚くしておき、質の悪い胚や着床が難しい胚を早期に排除して、より健康な子孫を残すための仕組みというわけです。また、周期的に内膜を作り直すことによって、受精卵が着床したときに最も健康的で最適な環境を提供できるという利点もあるでしょう。また月経を伴うことで子宮内膜が常に若返り、着床や妊娠にとって最も適した状態に維持されるという、生殖上の重要な意義があるのかもしれません。
実は子宮内膜は、二層構造でできています。
ひとつは、周期的に厚くなってはがれ落ちる「機能層」と呼ばれる部分です。
もうひとつは、はがれずにずっと残る、薄いけれど大切な「基底層」という部分です。
月経の際には機能層がはがれて失われますが、基底層はそのまま残ります。
この基底層を土台にして、新しい内膜が傷跡ひとつ残さず毎月再生されるのです。
家の壁紙にたとえると、毎月壁紙の表面が大きくはがれてしまうのに、翌月には跡形もなく新しい壁紙が貼り直されるようなものです。
この驚異的な修復プロセスは、女性が生涯に約400回も経験するとも言われています。
私たちの体には、傷ついたときに修復される組織はいろいろありますが、これほど大きな範囲が毎月、短期間で再生する例はほとんどありません。
普通の皮膚がもし毎月同じように大きく剥がれてしまったら、おそらく何度も傷跡が重なり、きれいには戻りません。
しかし、子宮内膜にはそうした傷跡が一切残らない特別な再生能力があります。
まさに体の中に隠れた小さな奇跡のようなものです。
しかし、この特別な再生の仕組みは、まだ十分には解明されていません。
不思議なことに、人間以外のほとんどの哺乳類では、妊娠しなかったときに子宮内膜は静かに体内に吸収されます。
つまり、わざわざ経血として体外に流し出すという仕組みは、生物としても非常に珍しい現象なのです。
なぜヒトだけがこのような複雑で大変な仕組みを毎月行うのか、その理由はまだ科学的に解き明かされていません。
さらに、人によって生理が重くなったり痛みが強くなったりする理由も、まだはっきりとは分かっていないのが現状です。
その大きな理由の一つには、これまで女性特有の健康問題に関する科学的な研究が十分に行われてこなかったことがあります。
生理について語ることが社会的なタブーだったり、女性の健康に関する研究への投資が少なかったりしたため、なかなか理解が進みませんでした。
そしてもう一つの研究上の大きな壁は、この子宮内膜の再生現象が、生きている人間の体の内部でしか起こらないことです。
当然、生きた人間の体から毎月その再生を起こしている瞬間を直接観察することは非常に困難です。
こうした事情から、研究者たちには子宮内膜が再生する瞬間を目の前で確認できるモデルや実験方法がずっとありませんでした。
このように、子宮内膜再生の仕組みは長い間謎に包まれてきました。
それでは一体、どうしたらこの謎を解き明かすことができるのでしょうか?