ヒトの脳を調べるとき、最大の壁になるのはヒト自身

人間の脳がどう作られ、どこでつまずくと病気になるのか。
それを知るうえで最大の障害になっているのは、その脳を使っている人間自身です。
本人が生きて暮らしている以上、頭を開けて中身をいじるわけにはいきません。
統合失調症やてんかん、自閉症のように、生まれる前や生まれた直後の配線の乱れが関わるとされる病気ほど、この壁は高くなります。
そこで研究者たちは、脳を体の外で育てる道を選びました。
ヒトの皮膚の細胞を幹細胞に変え、そこから育てた小さな立体の脳組織は「オルガノイド」と呼ばれ、いまでは発達中のヒトの神経系にある幅広い細胞がそろいます。
けれども、皿の中の脳には決定的に欠けているものがあります。
脳が本来つながっている体です。
血液は届かず、目や耳から入る情報もなく、動かすべき筋肉もありません。
この壁を破るため、スタンフォード大学のセルジュ・パシュカ氏らは2022年、ヒトの大脳皮質オルガノイドを生まれたばかりのラットの脳に移植しました。
移植されたヒトの神経細胞は、皿の中に残った同じ組織よりも大きく育ち、枝を複雑に伸ばし、ラットのヒゲに触れた感覚にまで反応するようになりました。
それでも、ヒトの組織が広がれたのは、ラットの片側の大脳皮質の3分の1まででした。
理由は、場所の取り合いです。
ラットの脳には、もともとラット自身の大脳皮質が詰まっています。
移植されたヒトの細胞は、その隙間に割り込む形で育つしかありません。
しかも割り込む側と受け入れる側とでは、育つ速さがまるで違います。
げっ歯類の神経細胞は回路をすばやく組み上げますが、ヒトの神経細胞が同じところまで育つには、ずっと長い時間がかかります。
ゆっくり育つ側が枝を伸ばそうとするころには、速く育った側がすでに枝を張りめぐらせ、つなぐ相手も置き場所も埋めてしまっているのです。
家具がぎっしり置かれた部屋に、あとから荷物を運び込むようなものです。
置ける場所は、隅にしか残っていません。
そこで研究チームは、発想を裏返しました。
ヒトの細胞のために部屋を広げるのではなく、最初から家具を運び込まないことにしたのです。


























