大脳皮質を作らないマウスを生み、空いた土地にヒトの脳を植える

研究チームは、大脳皮質と海馬になるはずの「もとの細胞」だけが持つ目印を手がかりに、細胞分裂に欠かせない遺伝子を働かなくしたマウスを作りました。
分裂の途中で細胞が死ぬため、大脳皮質と海馬の大部分は、そもそも作られません。
研究チームはこのマウスを「無皮質マウス」と呼んでいます。
生まれた時点で、皮質があるはずの場所は液体で満たされた大きな空洞になっています。
大人になった無皮質マウスに残る皮質の中身は、ふつうのマウスのわずか2%ほど。
脳全体の体積も、およそ半分しかありません。
大脳皮質といえば、思考や言語、注意、判断といった高度な働きを担う、脳のいちばん外側の「皮」です。
その大部分がない動物は、まともに生きられそうにありません。
ところが無皮質マウスは大人になるまで育ち、ふつうに歩き回り、においを嗅ぎ、触れられた感覚も熱さも、ふつうのマウスと変わらない反応を示しました。
ぱっと見ただけでは、ふつうのマウスと見分けがつきません。
これだけ失われても生きていられるのは、命を保つ働きの多くが、皮質より下にある構造に残っているからです。
呼吸や体温、食べること、歩くこと、においを嗅ぐことを支える部分は、今回の操作でも残されています。
しかも皮質は途中で壊されたのではなく、最初から作られませんでした。
残りの脳は、皮質がないという前提のまま育っていくことになります。
「発達のごく早い段階で皮質の回路が失われた場合、これまで皮質が担うとされてきた働きのすべてを、皮質だけが引き受けているわけではないのかもしれません」とパシュカ氏は述べています。「脳が育つ過程で、ほかの領域が欠けた回路の一部を肩代わりしている可能性があります」
とはいえ、ハンデはやはりありました。
無皮質の子は、ふつうと同じ条件では、母親のミルクと世話をめぐる競争から取り残されてしまいます。
そこで研究チームは、生後2週目に皮質のあるきょうだいの大半を間引き、母親の手が無皮質の子に回るようにしました。
親子のケージには高カロリーのゲル状の餌を足し、乳離れの時期も遅らせています。
ここまで手を尽くして、ようやく生後まもない時期の体重はふつうの子と変わらず、生存率にもはっきりした差が出ないところまで来ます。
今回の研究では、生後1〜2週の時点で、この脳が欠けている赤ちゃんマウスの空洞に、およそ10万個の細胞を含むヒトのオルガノイドが、左右の半球に2個ずつ、合わせて4個植えこまれました。
移植から2か月後と3か月後を比べると、ヒトの組織はその1か月で約4.7倍にふくらんでいました。
さらに3か月後には、そのマウスの大脳皮質にあたる組織の体積の91.9%が、ヒト由来のものになっていました。
育ったのは、かたちだけの組織ではありませんでした。
頭蓋骨を透明にして光で覗くと、移植片の表面全体を100ミリ秒ほどで駆けぬける活動の波が見えました。
ヒトの組織は、マウスの脳の他の部分との連携も進んでいました。
大脳皮質が体に命令を出すとき、その信号は皮質から下へ向かう長い線維の束を通り、背骨の中の脊髄まで降りて、そこで次の神経に乗り換えて筋肉に届きます。
脳から体へ下る、とりわけ長い配線であり、培養環境にあるオルガノイドには、そもそも伸ばす先の脊髄がありません。
そこで研究チームは、ヒトの細胞だけを光らせて、接続の様子を調べてみました。
すると、調べた3匹すべてで、ヒト由来の神経の突起がマウスの首の高さの脊髄まで届いており、脊髄の細胞を取り囲むように点々と信号が並んでいました。
一方で、皮質がそのまま残っているマウスに同じヒト脳オルガノイドを移植した場合、脊髄には何も見つかりませんでした。
空き地を用意したことが、この長い旅路を可能にしたと考えられます。


























