培養皿では誰も作れなかった細胞が、そこにいた

この空き地で育った組織には、これまでの方法では作りにくかった細胞が現れていました。
一つは、大脳皮質から神経系の遠く離れた場所まで長い突起を伸ばす種類の神経細胞(第5層の大脳外投射ニューロン)で、これまでの移植方法に比べて3倍以上の割合を占めていました。
先に述べた脊髄まで届いた突起も、この仲間によるものと考えられます。
そして、その細胞集団の中に、マウスにはないはずのフォン・エコノモ細胞(VEN)によく似た細胞が見つかりました。
大きく、細長く、葉巻のような形をした神経細胞で、ヒトの大脳皮質では9万個に1個ほどしかありません。
社会的な気づきや判断に関わる領域に集まっており、類人猿やゾウ、イルカ、クジラなど大きな脳を持つ社会性の高い動物にも見つかっていますが、マウスやラットにはありません。
ヒトでこの細胞を観察するには、亡くなった人の脳か、手術で取り出されたわずかな組織に頼るしかありませんでした。
培養皿のオルガノイドでこの細胞が作られたことは一度もなく、以前のラットへの移植でも検出されていません。
ところが今回のマウスでは、調べた3匹すべてに現れました。
しかもまわりの細胞の直径が9マイクロメートルほどなのに対し、こちらは約30マイクロメートルもあります。
なぜ皮質を空けたマウスの中でだけ現れたのかは、まだ分かっていません。
パシュカ氏は、ヒトの神経細胞が神経系の遠く離れた標的に手を届かせられるようになったことで、培養皿では再現しにくい信号を受け取っている可能性を挙げています。
栄養や成長をうながす因子、神経活動にともなう信号、まわりの細胞とのやり取りなど、生きた体の中にしかない条件が効いているのかもしれません。
この細胞を作れるようになった意味は小さくありません。
VENは前頭側頭型認知症で特に減りやすいことが知られており、この病気では、記憶の問題がはっきりしてくるより前に、社会的なふるまいや性格の変化や、言葉の使いにくさが初期の症状として現れることがあります。
パシュカ氏は「患者さんから皮質オルガノイドを作り、マウスに搭載することで、この希少な細胞を守れるかどうかを確かめられます」と述べています。


























