ブタの心臓をヒトに移植 世界初の試み
他の動物の体の一部を人間に移植する試みは、古くから行われてきました。
19世紀には、重度の火傷をした場所にカエルからはがした皮膚を張り付けることで、治りが早くなることが既に知られていました。
重度の火傷に他の動物の皮膚を張り付ける治療はかなりの効果があり、現在でもブタの皮や魚の皮が利用されています。
しかし内臓の移植は難航していました。
1963年にチンパンジーの腎臓移植が行われましたが、11人中10人が直ぐに命を落とし、残る1名も9カ月後に死亡が確認されました。
また1984年には生後12日の赤ちゃんにチンパンジーの心臓全体が移植される試みが行われましたが、残念なことに赤ちゃんは20日後に死亡しました。
失敗の主な原因は、拒絶反応でした。
皮膚片と違って血液の大規模な循環をともなう移植臓器は、人間の免疫システムに異物と認識されやすく、免疫細胞の攻撃によって移植臓器が破壊されてしまうからです。
そこで近年においては、人間に適合するようにブタの遺伝子を組み変える試みが繰り返され、いくつかは目覚ましい成功をおさめました。
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新たに作成されたブタは、人間の免疫システムに狙われやすい「糖類」を作る遺伝子と心臓の過大な成長にかかわる成長因子を含む4つの遺伝子が不活性化され、代わりに人間への適合性を上げるために、6つの人間の遺伝子が組み込まれています(合計10個の改変)。
また移植計画の責任者であるグリフィス博士は、過去5年間に、50匹のヒヒにブタの心臓を移植する試みを続けてきた実績がありました。
一方、メリーランド州で便利屋を営むベネット氏(57歳)は、死の淵にいました。
ベネット氏は重度の心臓病を発症しており、生き残るには心臓移植を行うしかありません。
しかし残念なことにベネット氏に臓器移植の順番がまわってくる望みはほぼ0%でした。
現在米国では12万人が臓器移植の順番を待っていますが、年間6000人が間に合わずに死亡しています。
ベネット氏は長く心臓に問題をかかえていましたが、これまで医師から処方された薬を飲まずにいたり、定期的な診療を拒否したりと控えめに言って「予測不能な患者」として記録されてしまっており、優先順位が下げられていたからです。
研究者たちは、そんなベネット氏に着目し、遺伝子組み換えされたブタ心臓の移植を提案しました。
メリーランド州の法律では他に方法がない場合、実験的な手術を行うことを許可しています。
近いうちに確実な死が待つベネット氏は、この提案を受諾。
そして去年の大みそかには米国FDA(食品医薬品局)が許可を出し、今年の1月7日に手術が行われました。
結果、移植手術は順調に行われ、とりあえずの成功を収めました。
現在、ベネット氏は安全のために人工心肺装置に接続されているものの、主な血液循環は移植されたブタの心臓が担っており、拒絶反応も起きていません。
術後にとられた上の写真では、手術の責任者であるグリフィス氏とベネット氏が並んで写っています。
しかし最終的な成功を発表するには至っていません。
今回ブタにほどこされた遺伝子組み換えは、拒絶反応の初期段階を抑制するに留まっていたからです。
そのためベネット氏に行われた移植手術が最終的な成功を収めるかどうかは、今後数日から数週間が山場となります。
ですが山場を乗り切った場合、臓器移植に「革命」が起こるでしょう。
ブタによって大量生産された臓器を人間に移植することが可能になれば、順番待ちで命を落とす人が劇的に減るからです。
また将来的には命を救うだけでなく、衰えた臓器をブタの臓器に置き換えることで、健康増進も可能になると考えられます。
ベネット氏の今後が、人類の医療の今後を握っていると言えるでしょう。
一日も早い回復を祈るばかりです。