冬のニホンザルは魚を捕まえて食べていた
後藤氏は2019年1月4日、鈴木裕子氏と共に上高地で、サルが魚を食べている様子を撮影していました。
2021年11月の信州大による研究のメディア報道で、研究者たちがサルが魚を食べる瞬間の写真を求めていると知った後藤氏は、研究者たちに連絡して、その珍しい写真を提供したのです。
今回の写真では、サルが漁をする様子が直接映されたわけではありません。
サルが水辺で運良く死んだ魚を見つけて食べることはあるため、ただ魚を食べているだけでは、サルが漁をする証拠とは言えないかもしれません。
しかし、今回の写真からは、サルが漁をして河から魚を捕まえている可能性が高いことが示されているといいます。
写真では、ニホンザルが雪道を魚を咥えて歩く様子が映されています。
ここで重要なのは、サルが咥える魚が、クタッと柔らかく折れ曲がっている点です。
冬の上高地は昼でも氷点下のため、もし魚が死んで川岸に打ち上げられた場合、凍りついて固くなってしまうはずです。
しかし、この魚は柔らかい状態に見え、つい先程まで水温が暖かく保たれた水中にいたことを示しています。
こちらはサルが魚を食べている様子の写真です。
ここにも重要な点があり、魚の胸ビレの部分が大きく横に広がっています。
もし、死んだ魚をサルが拾って来た場合、魚は死後硬直を起こして、写真のような広げた胸ビレにはならないはずです。
また、サルが食いちぎる魚からは新鮮な血が見えています。
そもそも、冬の上高地の淡水系の研究では、死んだ魚が見つかったことはありません。
写真の分析を踏まえた結果、ニホンザルは生きた魚を河から捕まえて来たと考えられるのです。
直接魚を捕まえる瞬間が捉えられたわけではありませんが、これはサルが漁をしていることの証拠になるでしょう。
サルが食べている魚は、その模様などからサケ科の魚類と考えられ、イワナとブラウントラウト(いわゆるマス)の交雑種だと考えられています。
これは上高地に豊富に生息している魚です。
生き物の食餌を調査することは、その生物の行動範囲や生息域、移動距離などを理解するために重要です。
ニホンザルは、世界的に見ても人間以外で最も北域に住む霊長目で、特に日本アルプス上高地のニホンザルは、世界で最も寒冷な場所に分布するサルです。
上高地の冬は、日中でも気温が氷点下であることが多く、真冬では-20℃を下回ることもよくあります。
ニホンザルは、主に果実、植物の葉、キノコ、卵、昆虫などを食べます。冬季はこうした餌資源は十分でないため、雪の下にある柳の樹皮や笹の葉を食べる様子も確認されています。
ただ、これだけで冬の餌が十分とは考えられません。
特にサルは群れを作り集団で生活する生き物です。集団を作るということは、冬季の上高地に集団を養えるだけの餌資源があることになります。
魚は樹皮や笹の葉などよりはるかに栄養豊富な食べ物です。
今回の証拠からは、サルたちが過酷な環境を乗り切るために、「冬場の漁」という珍しい行動を取るようになったと考えられます。
また論文には、サルの糞のDNA分析から水生昆虫を食べていることも示されていますが、これも今まで知られていなかった新しい発見です。
冬の上高地のニホンザルは、餌の確保のために、世界的に見ても独特の行動を取るようになったようです。
研究者たちは、今後サルがどうやって魚を捕まえているか、その捕獲方法などについて理解したいと語っています。
いずれ、サルが漁をする瞬間の動画なども撮影されるのでしょうか? もしくはこれもまたすでに誰かが撮影しているのかもしれません。