水中を泳いでメス体内に入り込む!クマムシの「トライアスロン精子」
クマムシは、およそ地球上で生活するにはオーバースペックとも思える圧倒的な耐性を持ちます。
休眠状態になると、体から水分を抜いて細胞内部のタンパク質をファイバー状に変化させ、細胞の強度とDNAの保護を行います。
その結果クマムシは、絶対零度から水の沸点を超える150℃~300℃までの温度差に耐えるだけでなく、地球で最も深い海の水圧の6倍もの高圧や宇宙空間の真空にも耐え、体の強度も大幅に向上して生半可な銃で発射されても死ななくなるのです。
さらにクマムシのDNAは電磁シールドを備え、致死的な宇宙放射線に耐えることも知られています。
そのため、クマムシは超新星が放つガンマ線バーストによる大量絶滅や、天体衝突にも耐えられると考えられています。
そんな耐性ばかり着目されがちなクマムシですが、東京都内で発見された「Paramacrobiotus sp.」と、山形県鶴岡市で発見された 「M. shonaicus」は交尾形態もきわめて特殊です。
クマムシの繁殖については、2000年代に入るまで何が起きているかわかっておらず、交尾期になるとオスがメスのまわりを徘徊している様子が確認されているのみでした。
しかし近年になって、驚くべき発見がなされます。
この日本に現存する2種では、オスが射精した精子が自力で水中を泳いで、メスの体内に入り込んでいたのです。
「だからどうした?」と思われるかもしれませんが、コレは凄いことなのです。
私たちがよく知る魚やカエルでは、メスの産み落とした卵にオスが精子をふきつけることで「体外受精」が行われます。
また、マウスや人間などの場合、オスの生殖器がメスの体内に刺し込まれて内部で射精することで精子と卵子が「体内受精」を行います。
そのため魚や人間の精子はそれぞれ、体外受精と体内受精に対応した別々の進化を遂げています。
しかし、この2種のクマムシは「環境に放出された精子が自力で泳ぐ」という体外受精的な要素と、「メスの体内に入り受精する」という体内受精的な要素の混合が行われているのです。
このような形態の交尾は非常に稀です。
成功するためには、精子は体外受精のように外部環境を乗り切るだけでなく、体内受精のようにメスの体内環境をも踏破する能力が必要となります。
これまでの研究により、上の図のように、東京で発見された「Paramacrobiotus sp.」はきわめて長い頭部(先体+核)を持ち、受精の際に卵と結合する役割のある先体は、山形で発見された「M. shonaicus」より40倍も長いことがわかっています。
2種の精子は同じようなトライアスロンを行うにあたって、まったく別の精子の形態を進化させていたのです。
一方で、実際に精子がどのように動いているかはわかっておらず、遊泳方法も謎につつまれていました。
そこで今回、慶應義塾大学の研究者たちは、2種の精子の形態と遊泳パターンを詳細に分析することに。
すると意外にも、「Paramacrobiotus sp.」の長い精子のほうが遊泳速度が速いと判明したのです。
また、本種の長い頭部は精子の旋回において重要な役割を果たすことも示されました。
一方で、短い「M. shonaicus」の遊泳は比較的安定して行われることが示されています。
ほとんどの精子は放出後、数秒でメスの体内に入りますが、今回の研究では精子が放出されてから15分が経過しても、メスの総排泄孔(精子が入る孔)の付近に絡み合っている様子も確認されました。
研究チームは今後、クマムシの奇妙な繁殖メカニズムを解明することで、精子の進化を理解する一助になると考えています。
水中とメスの体内という異なる環境を踏破するクマムシのトライアスロン精子の解明が進めば、マイクロロボットの推進技術や不妊治療にも役立つかもしれません。