立つだけで、1日に3〜4回失神してしまう
ニリーナ(Nirina)さん(48)は、2017年にMSAと診断されて以来、病状の進行とともに、MSA特有の「起立性低血圧」に悩まされていました。
起立性低血圧は、MSA患者の約80%に見られる症状で、あお向けだと血圧は正常なのに、立ち上がった直後に血圧が下がって立ちくらみを起こします。
ニリーナさんも立つだけで1日に3~4回ほど失神を起こし、その後、寝たきり状態になって約18カ月が経過していました。
現在のところ、MSAの起立性低血圧に効果のある薬剤療法はありません。
そこで、ニューロリストア研究所のチームは、MSAにより機能不全に陥った神経系を再活性化する「電子脊髄インプラント」を開発しました。
このインプラントは、慢性的な痛みの治療によく使われる電気インパルス発生器に電極を接続したものです。
すでに、四肢まひ患者が患う低血圧の治療にも使われていました。
しかし、今回のような神経変性疾患への応用は、ニリーナさんが初となります。
電気インパルスで「血圧をコントロールする神経系」を再活性化
インプラントには、電気インパルスを発生させる装置と、患者さんの体位の変化を検出する加速度センサーが内蔵されています。
インパルス発生装置につなげたリードの先に、16個の電極を搭載した柔軟なパドルを接続。これにより、脊髄の神経系に直接インパルスを与えます。
また移植後は、体外にあるタブレット端末でソフトウェアのオン/オフが可能です。
ニリーナさんには、インパルス発生装置を腹部に、パドルを胸椎(頚椎と腰椎の間)の神経系に接続する手術を実施。
電気刺激を与えて、血圧をコントロールする特定の神経系を再活性化しました。
術後、最初の7日間は、テーブルの上であお向けになり、体をゆっくりと垂直に起こす「ティルトテーブル・テスト(tilt-table test)」を続けました。
その結果、姿勢の変化による血圧の低下、およびそれに伴うめまいを防ぐことに成功しています。
また週3日、のべ6週間の院内リハビリの結果、ニリーナさんはその場に立ち上がり、少しずつ歩けるようになったのです。
そして、手術から3カ月後には、歩行器の補助を受けながら、失神することなく250メートルまで歩けるようになりました。
ニリーナさんは、この成果について「私にとっては奇跡のようなことです」と喜びを口にしています。
一方、本研究には参加していない、ニューヨーク大学グロスマン医学部の神経学者、ホセ・アルベルト・パルマ(Jose-Alberto Palma)氏は、「これは間違いなく、臨床的に大きな利益のある成果である」とした上で、「まだ単一のケースであり、いかなる対照群もないため、解釈には注意が必要である」としました。
これについて、本研究主任のジョセリン・ブロッホ(Jocelyne Bloch)氏は「今後、より多くのMSA患者さんに対して、インプラントが有効であることを確かめていきたい」と話しています。