食べるものによって、苦味機能に変化が
脊椎動物の苦味感覚は、ゲノム中に数種〜数十種類ある苦味受容体「TAS2R」が、苦味物質を受け取ることで発生します。
苦味受容体の機能と食性の関係は、霊長類やコウモリでよく研究されているものの、哺乳類の進化を明らかにするには欠かせない、単孔類ではほとんど研究が進んでいません。
そこでチームは、単孔類を代表する「半水棲のカモノハシ」と「陸棲のハリモグラ」を対象に、どんな苦味感覚を持ち、それが食性とどう関係しているか、調査することにしました。
これまでの研究で、単孔類の苦味受容体遺伝子は、他の哺乳類に比べ、数が非常に少ないことがわかっています。
(ヒトは26種類あるのに対し、カモノハシは7種類、ハリモグラは3種類しかない)
ただし、苦味受容体には、単体で様々な苦味物質を検知できる「万能型受容体」が存在します。
そして、カモノハシとハリモグラが、この万能型受容体を持っているかどうかは不明でした。
チームはまず、カモノハシとハリモグラの苦味受容体がどんな物質に反応するのか、培養細胞を用いて解析。
すると、カモノハシでは、使用した24種類の苦味物質のうち、18種類の検知に成功しました。
それだけでなく、これら24種類の約半数を一手に検知できる「万能型受容体」を持っていることも判明したのです。
これは、カモノハシが苦味受容体数の少なさとは裏腹に、多様な苦味物質を検知できることを意味します。
一方、ハリモグラは、カモノハシに比べて検知できる苦味物質の数が少なく、万能型受容体も存在しないことがわかりました。
つまり、苦味物質の検知能力には乏しいということです。
チームは、この結果について、「両者の食性の違いから生じたもの」と指摘します。
カモノハシは、湖沼や河川に生息し、水中で様々な生物を食べて暮らしています。
そのため、どのエサは食べてよく、どのエサは避けるべきかの判断に、苦味感覚を利用するようになったのでしょう。
対するハリモグラは、陸上に生息し、土や枯れ木の中にひそむアリとシロアリを主食にします。
この偏った食性ゆえ、日常で接触する苦味物質の種類が限定され、苦味感覚がそれほど重要でなくなったと推測されます。
哺乳類の苦味機能はいかに進化してきたか?
チームは次に、単孔類の数少ない苦味受容体遺伝子が、他の胎生哺乳類(有袋類と有胎盤類の総称)が持つどの遺伝子と相同な関係にあるかを調べました。
その結果、単孔類の苦味受容体遺伝子のほとんどは、胎生哺乳類の苦味受容体「TAS2R16」を含む遺伝子グループと同じグループに含まれ、染色体上でも相同な位置にあることが判明したのです。
(TAS2R16は「βグルコシド」という、昆虫や植物が持つ捕食に対する防御物質を検知する苦味受容体を指す)
これは、以下の2つのことを示します。
・単孔類であるカモノハシとハリモグラにも、有毒な「βグルコシド」を検知する苦味受容体が残されていること
・βグルコシドを苦味として検知する能力は、すべての哺乳類グループに共通してあり、単孔類と胎生哺乳類へ分岐する以前に獲得されたこと
単孔類と胎生哺乳類が分岐したのは、今から約2億年前であることがわかっています。
その時代は、恐竜たちが栄え、花を咲かす被子植物が多様化し始めたころです。
本研究の成果は、哺乳類が恐竜と競いながら、有毒な物質を含みうる昆虫や植物を食べて進化する中で、苦味感覚の発達が重要な役割を果たしたことを示唆します。
チームは今後、この研究成果を踏まえた上で、謎多き単孔類の味覚機能や、その生態的意義について理解を深めていくとのことです。