腸内細菌を劇的にチェンジする「うんち移植」
若いマウスからの「うんち移植」で老マウスの認知機能が改善する
2021年8月9日にり『Nature Aging』に掲載された論文では、若いマウスから老いたマウスに糞便移植を行うと、老いたマウスの認知機能と免疫力が大幅に改善したことが示されました。
研究ではまず、若いマウス(生後3~4カ月)から糞便を採取し、老マウス(生後19~20カ月)に移植してすることからはじめられました。
すると、加齢によって損なわれていた老マウスの認知機能(学習・記憶能力)や免疫能力が強化され、記憶と学習にかかわる脳の海馬の構造が若返っていたことが判明します。
また若いマウスの糞便移植により、老マウスは不安を感じにくく「若者らしい恐れ知らず」になっていることも示されました。
さらに認知機能の若返り効果は「老マウスの糞便」には存在せず「若いマウスの糞便」のみに存在することも示されました。
そこで研究者たちは次に、若いマウスの糞便によって老マウスの体に起こる効果を調べてみました。
すると加齢によって変化してしまっていた35種類の代謝物の変化が、若いマウスの糞便により回復していることが判明しました。
特に目を引いたのは「GABA」や「ビタミンA」といった脳の活動を助ける物質の増加です。
これらの脳を助ける物質は血液脳関門を通過する可能性があり、若いマウスの糞便移植が直接的に老マウスの脳に影響を与える要因となっていると考えられます。
さらに腸内細菌の種類を調べたところ、若いマウスの糞便は、老マウスの腸内でエンテロコッカス属が大きく増加していると判明。
エンテロコッカス属は人間の腸内にも生息しており、エンテロコッカス・フェカリス菌(E. faecalis)が全体の95%を占めることが知られています。
フェカリス菌は代表的な乳酸菌として様々な胃腸薬や腸活サプリに含まれています。
そのため研究者たちは、スーパーや薬局で売っているような善玉菌(プロバイオティクス)を摂取することが、脳の老化を逆転させる手段になり得ると考えています。
どうやら脳を支配している腸内細菌が変われば、脳の働き方もかわるようです。
「うんち移植」で「がん」を治療することにも成功
2021年2月5日に『Science』に掲載された論文によると、がんの免疫治療が成功しなかった患者たちに、成功した人の「うんち」を移植すると、劇的な回復効果がみられたとのこと。
近年の医学の進歩によって、人間に備わる免疫の力を利用する免疫療法が実現しました。
免疫療法では免疫力をブーストし、私たちに備わった免疫の力で、がん細胞を殺すことを目指します。
しかし残念ながら、免疫療法は全ての患者に対して効くわけではありません。
一定数の患者たちは、免疫療法をおこなっても免疫たちが、がん細胞を攻撃してくれなかったのです。
血液成分の分析をはじめ、原因を探るためにさまざまな試みが行われてきましたが、原因は不明のままでした。
そこで研究者たちは実験的な手法として免疫療法の効果があった患者から効果がなかった患者へ「糞便移植」を行うことにしました。
効果の差が患者個人の遺伝的な違いのせいではなく「腸内細菌の違い」にあると考えたからです。
すると、驚きの結果が待っていたのです。
糞便移植を受けた患者の40%で免疫療法が効くように変化し、さらに最も効果があった患者では、がんの縮小が進んで検出できなくなっていたのです。
原因を解明するために、研究者たちは改善がみられた患者の糞便と血液を採取して分析しました。
すると、改善が起きた患者の血中には、新たな抗体が存在するとわかりました。
この新たな抗体は、移植された糞便に存在する細菌に対して、患者の体の免疫システムが働いて、作られたものでした。
この結果は、特定の種類の腸内細菌のために作られた抗体が、がん細胞に対する攻撃に転用されていることを示します。
糞便に治療効果を求めることには抵抗感があるかもしれません。
しかし最終的な目的が腸内細菌を使ってがん細胞を倒すことだと考えれば、受け入れやすくなるでしょう。