腸内細菌は社交性・孤独感・賢さ・放射線耐性・児童虐待に影響を与えている
腸内細菌は社交性にかかわっている
最初の研究は腸内細菌と社交性の関係を解き明かした研究です。
2021年6月30日にカリフォルニア工科大学の研究者たちにより『Nature』に掲載された論文によれば、腸内細菌がマウスに社交性を与える仕組みを解明したとのこと。
研究では通常の環境で育てられたマウスと、無菌環境で育てられたマウスを比較することからはじまりました。
すると、通常のマウスたちに比べて腸内細菌が存在しないマウスたちは、社交性が大幅に減少していることが判明しました。
また腸内細菌がいないマウスたちの脳を調べたところ、視床下部・偏桃体・海馬などストレス反応に関与する領域が活性化し、体ではストレスホルモンの生産命令が持続的に「オン」になっていることが判明します。
そこで研究者たちは、腸内細菌を持たないマウスたちにさまざまな乳酸菌を与えて、どの種類の菌が社交性を回復させるかを調べました。
結果「Enterococcus faecalis」(エンテロ コッカス・フェカリス)を与えたマウスで、社交性が大きく改善することが示されます。
「E. フェカリス」は市販の胃腸薬や腸活サプリメントの一部に含まれている、代表的な乳酸菌です。
腸内細菌は脳に一種の「話しかけ」を行い、ストレスホルモンの生産命令を抑制することでマウスの気分を改善し、社交的になる精神的余裕を与えていたのです。
腸内細菌に多様性があるほど孤独を感じにくく、賢くなる
次は人間を対象にした研究になります。
2021年3月25日に『Frontiers in Psychiatryl』に掲載された論文によれば、腸内細菌叢が多様性を持つほど、孤独を感じにくく、賢くなることが示されました。
「孤独感」と「賢さ」は無関係にみえますが、心理学の世界では古くから、孤独を感じない人ほど賢く、賢い人ほど孤独を感じにくいという不思議な関係が知られていました。
研究ではまず184人の被験者の腸内細菌叢を調べると共に、知恵の深さや孤独感の強さ、思いやりの心、社会的関与の様子などを記録しました。
するとより賢く、思いやりが強く、社会に積極的に関与している人ほど、多様な腸内細菌叢を持っていることがわかったのです。
また孤独感については、特に年齢が高い層において、多様な腸内細菌叢を持っている人ほど、孤独を感じにくいことがわかりました。
研究者たちによれば、腸内細菌の多様性を増やすには第一に、多様な食べ物を食べることが重要だと述べています。
腸内に住む細菌たちはそれぞれ自分の好みとする栄養源があり、ある細菌は糖を好み、また別の細菌はタンパク質を好み、さらに他の細菌は食物繊維を好む…といった多様な需要があるからです。
もし今、多くの友達に囲まれ、恋人と楽しい時間を過ごしているにもかかわらず「孤独感」を感じていたり、いくら勉強しても結果が伴わないのならば、食べ物の種類を多様化させてみるのも手かもしれません。
腸内細菌は放射線への耐性にも関与していた
2021年10月30日に『Science』に掲載された論文によれば、特定の腸内細菌が、致死的な放射線に対する耐性を授けていることが確認されたとのこと。
マウスを用いた放射線実験では、致死的な放射線を浴びても、約10%ほどの個体が600日以上の長期にわったって生存することが知られています。
600日という期間はマウスの寿命(4年前後)からみるとかなり長い期間と言えます。
そこで研究者らは、マウスの腸内細菌に目をつけマウスの糞を分析しました。
すると、長期間生存したマウス(エリートサバイバー)の腸内細菌バランスが、通常のマウスと大きく内容が異なっていることに気付きました。
さらに調査を進めると、ラクノスピラをはじめとする20種類の菌には、害となる活性酸素の生産が幹細胞(特に血液幹細胞や脾臓幹細胞)で抑えられていることが判明します。
そうなると気になるのが、同じ仕組みが人間にも当てはまるかです。
そこで研究者たちは放射線治療を受けているがん患者に着目し、患者ごとの副作用の強さと患者の腸内細菌を調べました。
結果、放射線治療の副作用の低いひとほど(耐性があるヒトほど)、マウスで発見された耐性付与菌が多く存在していることがわかりました。
腸内細菌が放射線からの保護にも働いているとする結果は非常に驚くべきものと言えるでしょう。
特定の腸内細菌が母マウスのネグレクトを誘発していた
2021年1月29日に『Science Advances』に掲載された論文では、腸内細菌「O16」が母親マウスのネグレクトを誘発する可能性が示されました。
調査にあたってはまず、数多くの腸内細菌の中から1種類ずつをマウスに感染させ、経過を観察するという、非常に地道な作業が繰り返されました。
結果「O16」に感染した母親から生まれた子どもが、異常なほど痩せていることが判明。
そこで研究者たちが母親マウスの行動を詳細に観察したところ、O16に感染した母親マウスの、子どもに対する異様な冷酷さが明らかになりました。
通常の母親ならば赤ちゃんマウスに対して頻繁に母乳を与え、休みなく世話を行いますが、O16に感染した母マウスは基本的な世話を行わないばかりか、授乳すらいい加減でした。
そのため、赤ちゃんマウスの体重は、同時期(生後21日)の正常な赤ちゃんのマウスの半分の重さしかなく、深刻な栄養失調と発育障害に起こしていたのです。
この結果は、腸内細菌がマウスの「親子の絆」にも影響を与える可能性を示します。
なお興味深いことに、O16は人間の腸にも存在しています。
研究者は今後、O16が人間の精神に与える影響も調べていくとのこと。
もし人間にも同じネグレクトを誘発する作用があるならば、腸内環境を変えることで、児童虐待を減らせるようになるかもしれません。
以上のように腸内細菌は「脳や体」に深く影響を与えています。
そこで近年になって注目されているのが糞便移植です。
糞便の中は腸内細菌だけでなく、細菌が生息する環境(土壌に相当するもの)も含まれているため、単なる細菌の摂取や食べ物の工夫に比べて短期間で高い効果が期待できます。
次ページでは、そんな「うんち移植」が実際に行われた研究と驚きの効果を紹介していきます。