「あるラインを超えれば、地球の引力から解放される」
ウィルキンスは、月面旅行の計画にあたり、いくつかの課題を予想して、それを克服しようとしました。
中で最も大きな課題が、”地球が物体を地面に引きつける不可思議な力”をどう克服するかです。
少々ややこしい言い方をしましたが、現代の知見から言い直すると、これは「引力」となります。
ところが、彼の時代にはまだ引力が発見されておらず、それには、ニュートン(1642〜1727)による「万有引力(universal gravitation)」の発見を待たなければなりませんでした。
それでも、地球に物体を引きつける力があることは、ニュートン以前からすでに知られています。
ウィルキンスは、この不可思議な力を「磁力(magnetism)」のようなものと捉えたのです。
彼は、イギリスの物理学者ウィリアム・ギルバート(William Gilbert、1544〜1603)の研究を基礎に、「2つの物体の間の磁力の強さは、双方が位置する場所によって異なり、距離が離れるほど弱くなる」ことを見出しました。
ここからウィルキンスは「地球の磁力がおよぶ範囲さえ脱出できれば、月に向かうことは可能だ」と考えたのです。
そして、幾何学や三角法を駆使して、地球の磁力がおよぶ範囲は、地上から上空20マイル(約32キロ)という答えを導きました。
つまり、上空32キロを超えれば、もはや地球に引っ張られることはなく、あとは月面への順風満帆な旅ができる、と予想したのです。
ただ、これがあり得ない話であることは、私たちには分かっています。
地球の大気は4つの層に分けて考えられ、地上から上空10キロまでを「対流圏」、10〜50キロを「成層圏」、50〜80キロを「中間圏」、80キロ以上を「熱圏」とします。
一般には、上空100キロが地球と宇宙の境目と定義され、映画でよく目にする「ロケットの大気圏突入」は120キロ付近です。
また、スペースシャトルやISS(国際宇宙ステーション)が飛行しているのは、高度400キロあたり。地球から月までの距離は、およそ38万4400キロです。
これを踏まえると、ウィルキンスの予想した「上空32キロ」は、まだまだ地表に近い場所であり、このラインを超えたところで、地球の引力から解放されることはありえません。
しかし、そんなことはつゆ知らず、ウィルキンスは持論を推し進め、ついには、月面旅行を実現させる「有人ロケット」まで考え出しました。
最後に、そのトンデモなロケットを見ていきましょう。