世界で初めて、サルを人工的にうつ病にする
研究チームは今回、ニホンザルの脳内における「内側前頭皮質(MFC:medial frontal cortex)」の腹側部を対象とした、局所的な脳機能の阻害実験を行いました。
MFCは、高度な認知や情動機能をつかさどる大脳皮質の中で、前方部の内側面に位置します。
情動や社会性、意欲の制御に深くかかわっており、とくにMFCの腹側部は、うつ病患者において機能異常が生じる場所として指摘される部分です。
この領域の機能を阻害する方法として、チームは、非侵襲的な脳活動の操作法である「経頭蓋磁気刺激(TMS:transcranial magnetic stimulation)」を用いました。
TMSは、頭皮に配置したコイルに電流を流して、急速な磁場の変化を起こすことで、頭蓋の外側から脳内に微弱な電流を与える脳刺激法です。
本研究では、ニホンザルのMFC腹側部を標的に反復してTMSを与え、同領域の神経活動を抑制し、一時的な機能障害を誘発しました。
その結果、飼育ケージ内におけるサルの行動に大きな変化が見られました。
普段のサルは、ケージ内を元気に動き回ったり、毛づくろいをして活発に過ごすのですが、TMS後は、そうした行動がパッタリとなくなり、うつむいてじっと座っていたり、時には地面に横たわるなど、活発性が著しく低下したのです。
また、生理指標として血中のストレスホルモン(コルチゾール)を計測したところ、ヒトのうつ病患者と同じく、コルチゾール濃度がTMS前と比べて、大幅に上昇していました。
このことから、サルに人工的にうつ病を誘発することができたと結論できます。
これと別に、社会性の変化を調べるため、実験者がケージの前に立っているときのサルの行動を評価しました。
すると、普段のサルは、実験者に近寄ってケージから手を差し出すなど、コミュニケーションに積極的なのですが、TMS後は、実験者に背を向け、近寄ろうともせず、ケージの奥に引きこもる時間が増えたのです。
さらに、意欲レベルの変化も調べるため、ボード上に開けられた大きさの違う複数の穴から餌をつまみ取る採餌タスクを実施。
その結果、TMS後のサルは、穴が大きい簡単なタスクは変わらず行う反面、穴が小さくて取り出すのが難しいタスクは、すぐに止めるか、挑戦しなくなったのです。
この点から、サルの無気力さが増大していることも証明されました。
また、これらの症状は、MFCの他の領域(背側部や後方部)への機能阻害では起こらなかったため、MFC腹側部の機能不全が、うつ病の発症と密接にかかわっていると指摘できます。
チームはその後、TMSでうつ病を発症したサルに、即効性の抗うつ作用があることで知られる「ケタミン」を静脈内に投与。
すると、ケージ内での行動の活発化や血中コルチゾール濃度の低下が見られ、うつ病が見事に寛解されたのです。
以上のことから、MFC腹側部は、機能阻害に陥るとうつ病を発症すること、また、正常な状態であれば、情動や意欲の機能維持に参与することが証明されました。
この結果は、うつ病の病態や発症メカニズムの理解を深め、その予防や治療法の開発を進める上で、重要な知見となるでしょう。