女性器内におけるウシの精子の「群れ」を観察
ノースカロライナ州農業技術州立大学のトゥン氏は、精子の動きを正確に把握するためにマイクロ流体機械を用いました。
マイクロ流体機械は微小な空間に流れを作ることで慣性の影響を受けにくくし、より細かい流れを再現できるものです。
近年は様々な分野で応用され、生物学の分野では体の中でどのようなことが起こっているのか実際の体内の特定部位の状態に近づけた観察が多数行われています。
トゥン氏らが行った実験では、ウシの子宮頸部、子宮、卵管を模したマイクロ流体機械を用いて精子の観察が行われました。
それらのマイクロ流体機械においては各所の液体の粘性が考慮され、流れの強さも電流によって細かく制御することができます。
群れになることで「流れ」に逆らう精子
これまでマイクロ流体機械を用いないウシの精子の観察において精子が群れで泳ぐ様子は観察されていましたが、その場合は群れている方が個体で動く場合よりも動きが鈍くなっていて、群れることの利点を見つけることができませんでした。
しかし今回のマイクロ流体機械を用いた観察では、精子が群れになることによる様々な利点が明らかになりました。
まず、流れのない粘液を進む場合、個々の精子はばらばらな方向に進むのに対し、群れの精子はまっすぐターゲットに向かって進んでいきます。
次に、中程度の流れを発生させると群れの精子は流れに逆らって泳ぐことができました。
最後に、女性器内で見られる最高レベルまで流れの強さを引き上げると、精子の群れはぎゅっとかたまり、流されずに留まることができたのです。
例えば自転車競技でチームが一列に並んで風の抵抗を避けることがありますが、今回観察された精子の動きもそれによく似ています。
精子はチームで協力し、互いの負担を軽くしながら、卵子というゴールに向かって進んでいくのです。
精子は「社会的に」協力している
前述したアカネズミやオポッサムはそもそも精子が複数で動くことを前提とした構造になっています。
しかし、今回観察されたウシの精子は人間の精子と形がよく似ており、本来1個体で泳いでいける構造です。
それにも関わらず群れで泳ぐ様子が観察でき、群れることによって女性器内を移動しやすくなっているという事実は、精子が過酷な女性器内を進むために「あえて」群れを作っていることを示しています。
精子は「自分の遺伝子を残す」という目的に向かって、精子同士の社会を形成し、その中で協力することを惜しまないのです。
これまで単なる細胞と捉えられていた精子の挙動には様々な意味があり、まだ解明されていないことも多くあることが予想されます。
実際の女性器内に近い状態での観察は、性科学の分野にどのような発展をもたらすのでしょうか。