女性と子どもには薬物を与え、男性には与えなかった?
本研究では、1982年に始まった長期的な考古学計画「ナスカ・プロジェクト(Nazca Project)」において、ペルー南部の海岸近くで発掘されたナスカ時代のミイラを対象としました。
調査されたのは、18体のミイラ(頭部以外を含む)と4つのトロフィーヘッドです。
18体のミイラには成人男女と子どもが含まれ、トロフィーヘッドはうち1つが子どもの頭部でした。
研究チームは、それぞれのミイラから毛髪サンプルを採取し、そこに含まれる化学物質を分析。
その結果、犠牲者のほとんどが、何らかの精神作用や幻覚作用のある植物を摂取していたことが明らかになったのです。
子どもの毛髪からは、麻酔性や幻覚作用のあるメスカリンを含むことで知られる「サンペドロサボテン(学名:Echinopsis pachanoi)」の成分が検出されました。
サンペドロサボテンは、今回のナスカの文明より古いアメリカ大陸の先住民が伝統的な薬や儀式に使用していたことがわかっています。
研究主任のダグマラ・ソチャ(Dagmara Socha)氏は「この子どものトロフィーヘッドは、ペルー南部の海岸に住むナスカ人がサンペドロサボテンを消費していたことを示す最初のケースです」と説明します。
成人女性のミイラからは、コカインの原料である「コカ(学名:Erythroxylum coca)」の葉っぱや、同じく幻覚作用を持つ「バニステリオプシス・カーピ(Banisteriopsis caapi)」というツル植物の成分が検出されました。
バニステリオプシス・カーピは、ハルミンとハルマリンというアルカロイド(植物由来の有機化合物)を含んでおり、これらは現代の抗うつ剤にも使われています。
一方で興味深いことに、成人男性のミイラとトロフィーヘッドからは何らの薬物成分も検出されなかったのです。
このことから、子どもと女性には、儀式の前に幻覚作用のある薬物を飲ませて気を落ち着かせていたと考えられます。
といって、成人男性には「痛みに耐えよ」と我慢を強いていたとは断言できません。
研究チームはむしろ、これらの男性のミイラは紛争で捕獲されたナスカ社会には属さない捕虜の可能性が高いと推測します。
それゆえ、不安や恐怖を取り除くような薬物を与えなかったのかもしれません。
年代測定の結果、これらの薬物使用は紀元前100年〜紀元後450年の間であることが特定されています。
さらにチームは、当時のナスカ社会が他文化との交易ネットワークを有していた可能性を指摘しました。
というのも、儀式に使われたコカの葉はペルー南部の海岸付近では栽培されておらず、ペルー北部やアマゾン地域に行かなければ手に入らなかったからです。
ソチャ氏は「ナスカ社会では予想以上に早くから交易ネットワークが築かれており、また他の文化圏でも、医療効果や幻覚作用のある植物が重宝されていたことがうかがえる」と述べています。
それでも、これらの薬物がナスカ社会にどれだけ浸透し、どれくらい頻繁に消費されていたかはわかりません。
ソチャ氏は、ナスカには文字による記録文化がないため、さらなる考古学的な発掘調査により、こうした謎を解き明かしていきたいと考えています。