「立ったまま死んでいた」のはなぜか? 韓国で起きた群集災害の物理学
私たち人間は、自らの意思に従って行動しますが、群集となった人々の動きは、人間の意志よりも物理学的な法則に従っていきます。
たとえば上の図では、1平方メートルあたりの人々の密度を比較したものとなっており、右の4人の状態では人と人の間にはほとんど隙間がなくなっている様子がみてとれます。
このような混雑している状態では、人々は自由意志で動くよりも人の波に従って動くようになります。
こうした集団的な運動を理解しようとした場合、活躍するのが物理学です。
上の動画では群集のシミュレーションが行われており、人々の動きが粘性をもった液体のように動く様子が示されています。
しかし現実はシミュレーションのようにはいかず、人々は混雑の中で脚を踏んだり服をひっかけたりなどさまざまな摩擦が起こります。
そのため1平方メートルあたり5人に程に達すると、一般的に言われている「将棋倒し」が発生するようになってしまいます。
さらに1平方メートルあたりの密度が7~8人を突破すると、群集の動きは揺れる水槽の中の水のように、1つの流体として振る舞いはじめ、群集に水面のような波うち現象が発生しはじめます。
上の動画では実際に、密集した人々の頭や体が波打っている様子がわかります。
人間の体は1人1人が独立していますが、体どうしがミッチリ接触することで、隣の人からの揺れを、自分の体をとおして次の人に伝えるようになってしまうからです。
この状態に達すると、内部の人々はもはや、自分の動く方向を自分で決められないだけでなく、波うち現象によって体が上下左右に揺らされて、真っ直ぐ立っていることすら厳しくなってきます。
またさらに厄介になるのは、発生した波同士の衝突です。
群集に発生する波が1つだけならば、比較的安定してやり過ごすことが可能です。
しかし群集の中に複数の波が発生すると、波どうしの衝突地点に存在する人間は両側から強烈な圧力を受けることになります。
以前に大阪工業大学で行われた実験では、1平方メートルあたり14人が押し込められている状況では、最大で270kgに及ぶ力がかかり、参加者の3割が呼吸困難になったと解答しました。
また感じる圧力がより弱い場合でも、長時間圧迫されると生命に危険が及びます。
たとえば体重60kgの人が自分の体重と同じ力で1時間ほど圧迫された場合、呼吸や血液の流れに不全が起こり、気を失う人が現れることが知られています。
今回、韓国のソウルで起きた群集災害では1平方メートルあたり10人以上の密度があった可能性が指摘されており、事故直前の映像では群衆たちの頭部が水面のように波打つ様子が確認できます。
こうした状態になると波のピークにあたる場所にいた人たちは、事件関係者が証言したように「立ったまま死亡」したり「立ったまま気絶」していた可能性が十分にあり得ます。
ですがより大きな悲劇は、1人が倒れてしまった後に起こります。