1000年以上の海上生活で「潜水」に特化した体に進化!
バジャウ族は、1000年以上前から東南アジアの海域を家船で移動しながら、素潜りで生計を立ててきました。
バジャウの成人男性の中には、ヤリと木製ゴーグルだけを身に着け、水深60〜70メートルの深さで10分以上も狩猟採集できる人がざらにいます。
物心つく頃から水中で過ごしているので、幼い子どもでも普通に水深10メートル以上を楽に潜れるのです。
こちらはバジャウの子どもたちが海で潜水する様子。
ヒトは誰でも、冷たい水中に体を浸すと自動的に「潜水反応」が起こります。
これは心拍数が低下し、血管や脾臓(ひぞう)が収縮する反応です。
この脾臓が収縮することで、酸素を含んだ赤血球が血中に放出され、体内の酸素量が最大9%も増加し、水中環境で長く息を止められるようになります。
つまり、脾臓が大きいほど、水中に長く潜水できると考えられるのです。
動物研究でも、ほとんどの時間を水中で過ごす南極のウェッデルアザラシは、他の臓器に比べて、脾臓が不釣り合いに大きいことがわかっています。
そこでコペンハーゲン大学のメリッサ・イラード(Melissa Ilardo)氏は「潜水を得意とするバジャウ族にも脾臓に何らかの変化が起きているのではないか」と考え、現地に赴いて調査をすることにしました。
イラード氏は、インドネシア中部スラウェシ州に属するジャヤ・バクティ(Jaya Bakti)を訪問し、バジャウの人々と数カ月生活をともにして信頼を築き、仲を深めた後、本格的な調査を開始。
ポータブル超音波画像診断装置でバジャウ族の脾臓を撮影し、唾液検査キットでDNAサンプルを採取し分析しました。
またイラード氏は、バジャウ族と遺伝的に近いが、陸上生活者である近隣のサルアン(Saluan)族の人々からも同様のデータを集めています。
その結果、バジャウ族の人々の脾臓は、サルアン族に比べ平均して50%も大きいことが判明したのです。
しかも、バジャウ族の脾臓の肥大化は、日常的な潜水者だけでなく、潜水をしない人々でも確認されました。
つまり脾臓のサイズ変化は、潜水習慣による(個々の)可塑的反応ではなく、民族に共通の遺伝的な適応であると言えます。
さらにバジャウ族には、甲状腺ホルモンを制御する遺伝子「PDE10A」において多くの変異が発見されました。
この甲状腺ホルモンは、マウス研究で脾臓のサイズと関連することが分かっており、甲状腺ホルモンを少なくしたマウスでは脾臓が小さくなっています。
よってバジャウ族では、PDE10Aが甲状腺ホルモンのレベルを高めることで脾臓が大きく変化したと思われます。
ちなみに、PDE10Aの遺伝子変異はサルアン族では見られていません。
イラード氏は「バジャウ族は1000年以上も日常的に潜水を続けてきたことで、水中生活に特化した遺伝子が蓄積し、受け継がれるようになったのでしょう」と述べています。
しかし現在、バジャウ族の伝統的な生活スタイルは存亡の危機に直面しているという。
居住域での乱獲や大規模漁業の増加によって、持続的な漁が困難になっている上に、地上の社会から取り残されて、一般人と同じような権利を享受できずにいるのです。
その結果として、バジャウ族の多くが海から離れたり、若者が都会に移住するようになり、文化が衰退し始めています。
伝統的な海上生活を保護しない限り、バジャウ族はこのまま絶滅してしまうかもしれません。