冬に風邪やインフルエンザが増える生物学的な理由が判明!
これまでの疫学的な研究により、北半球でも南半球でも「冬」の訪れと連動するように風邪やインフルエンザの流行が起こることが知られています。
風邪やインフルエンザが流行の終わりと同時に絶滅しないのも、北半球と南半球で交互に勢力を盛り返していたからだと言えるでしょう。
そのためこれまで多くの研究者たちは「冬」の到来によってもたらされる湿度の低下や人間の活動性の低下が、ウイルスの流行に影響していると考えていました。
この考えは裏返せば「人間の免疫力そのものは気温によってそう大きくは変動しない」という信念に基づくものと言えるでしょう。
一方、人間の鼻や喉など呼吸器の上側(上気道)がどのようにして免疫システムに貢献しているかは意外なほど研究されておらず、鼻や喉の奥に入り込んでしまった病原体がどのようにして排除されるかは、既知のメカニズムでは説明しきれていませんでした。
しかし2018年に行われた研究によって、鼻の粘膜細胞が細菌の感染を検知すると5分以内に、細胞外小胞(EV)として知られる細胞のカケラの分泌量が2倍に増加することが明らかになりました。
また分泌された細胞外小胞(EV)が鼻や喉の奥にまで流れ込んで、細菌を取り囲むように攻撃しており、殺菌能力は抗生物質に匹敵するほど強力であることが示されました。
研究に携わった1人であるBleier氏は細菌の侵入で細胞外小胞(EV)が大量に放出される様子を「巣を蹴られたスズメバチのようだ」と表現しています。
そこで今回、ハーバード大学の研究者たちは、鼻粘膜が分泌する細胞外小胞(EV)が細菌だけでなくウイルスも攻撃する能力があるのかを調べることにしました。
調査にあたってはボランティアから採取された鼻粘膜の細胞に対して3種類のウイルスを感染させ、反応を観察しました。
結果、鼻の粘膜細胞はウイルス感染に対しても大量の細胞外小胞(EV)を分泌していることが判明します。
放出された細胞外小胞(EV)はウイルスが細胞に取り付くときに利用するのと同じ部位(受容体)が含まれており、ウイルスに対して感染対象を誤認させる「おとり」として機能していました。
ウイルスは自身では増える能力を持たないため、増殖するには細胞が持つ遺伝子転写の仕組みを乗っ取る必要があります。しかし細胞外小胞(EV)には、そのような仕組みは存在しません。
そのため細胞と間違って細胞外小胞(EV)に取り付いてしまったウイルスは、自己複製ができずに無駄死にすることになります。
研究者たちは次に、鼻粘膜が分泌する細胞外小胞(EV)が低温環境でどのように変化するかを調べました。
調査にあたってはまず、室温にいた人間の被験者を4.4℃の低温環境に移動してもらい、鼻の温度変化を調べました。
すると、鼻の中の温度が5℃ほど低下していると判明。
次に研究者たちは同様に鼻組織のサンプルを5℃ほど冷やしたときに、免疫システムにどのような影響があるかを調べました。
結果、鼻組織を5℃冷やすだけで免疫応答が大幅に低下し、鼻組織から分泌される細胞外小胞(EV)の量が42%近く減少し、細胞外小胞(EV)が含む抗ウイルス作用があるタンパク質やRNA(miR-17)も大幅に減少していることが判明します。
もし同じことが生きている人間の鼻粘膜で起きている場合、気温の低下で鼻粘膜が冷やされると、ウイルスを検知したときに分泌されるはずだった細胞外小胞(EV)の質と量が大幅に低下して、人間は感染症にかかりやすくなるでしょう。
この結果は、冬に風邪やインフルエンザが流行するのは人間の鼻を中心とした免疫システムが寒さによって弱体化する性質があるからという可能性を示します。
研究者たちは今後、鼻粘膜からの細胞外小胞の分泌を促す鼻スプレーなどを開発することで、冬に起こる感染症流行を抑えられると述べています。
また鼻を温めるマスクなども、鼻の免疫力を維持するにあたり重要となるでしょう。
もしかしたら未来の薬局には、鼻を温める機能を強化した「あったかマスク」が販売されているかもしれませんね。