3倍以上の効率を誇る原子力ロケットエンジン
人類は、太陽系の中で比較的地球と近く自然環境も似ている「火星」に興味をもち、火星探査を続けてきました。
しかし「比較的距離が近い」と言っても、地球と火星は最接近した状況でも約5600万km離れており、移動には膨大な時間がかかります。
例えば、NASAの「マーズ2020」ミッションでは、2020年7月30日に無人探査機を搭載したロケットが地球で打ち上げられ、2021年2月18日に火星に着陸しました。
片道7カ月半の長旅を経てようやく到着したのです。
科学者たちは火星をより深く知るための「有人火星探査」を視野に入れていますが、「往復と滞在の合計で2~3年間かかる」ことや、それに伴って「大量の物資と燃料が必要である」ことがネックとなっています。
また宇宙飛行士はこの半年近い移動期間を狭い船内で生活しなればならず、その間ずっと放射線にさらされるリスクもあります。
これらの健康リスクを考慮すると、できる限り移動時間を短縮することは必須の課題と言えるでしょう。
こうした課題を解決するのが、原子力推進システムかもしれません。
原子力を利用するなら、化学燃料を燃焼させる現行の推進システムよりもはるかに効率を高められるのです。
NASAでは、1960年代から原子力推進システムが研究されてきましたが、政治的、技術的、安全性の面で高いハードルがあり、実用化には至りませんでした。
ところが近年、彼らは再びこの分野に大きな力を傾けるようになりました。
そして2023年1月24日、有人火星探査を想定した原子力ロケットエンジンの開発計画を明らかにしました。
この計画に利用するのは、原子力推進システムの1つである「核熱ロケット(nuclear thermal rocket)」です。
これは核分裂で発生する膨大な熱エネルギーで液体推進剤を加熱し、ノズルから噴射させるというシステム。
NASAは、核熱ロケットなら「従来の化学推進よりも3倍以上の効率が得られる」と主張しています。
2027年には実証実験が行われる予定です。
これが予告通り実施されるなら、有人火星探査が一気に現実味を帯びることでしょう。
また今回の発表(核熱ロケットの開発)とは別に、新たな「原子力ロケットエンジンのアイデア」も続々と生まれているようです。
例えば2023年1月10日のNASAの報告では、フロリダ大学(University of Florida)のライアン・ゴッセ氏ら研究チームが考案した新型ロケットエンジンが紹介されています。
これは「核熱推進(NTP:Nuclear Thermal Propulsion)」と「原子力電気推進(NEP:Nuclear electric propulsion)」を組み合わせたハイブリッドシステムであり、仮に実現するなら、「有人宇宙船を火星まで片道45日間で輸送できる」とのこと。
将来、「無人機で7カ月半」だったものが「有人機で1カ月半」に変わるかもしれないのですね。
とはいえ原子炉を用いる以上、すべての計画に安全面での懸念が残ります。
今後、原子力ロケットエンジンの技術が発展していくには、技術以外の様々なハードルも越えていかなければならないでしょう。