実際の見え方をゲームに反映することで没入度がアップ?
コンピューターグラフィックスでは、平面上に3次元空間を表現する際、主に「線遠近法(透視図法)」という手法に頼ります。
線遠近法は、あらゆる遠近法の中で最も科学的に体系化された空間表現法の一つです。
例えば、下の画像のように、遠方の水平線(HL)に向けて真っすぐ延びる一本道の両側の輪郭線(AとA’)を、水平線上の一点(消失点VP)に向けて収束させるように描く手法が線遠近法です。
これはイタリアのルネサンス期に技法が確立されました。
「しかし、人間の視覚は実際にはそのように機能していない」と研究主任のロバート・ペペレル(Robert Pepperell)氏は指摘します。
ペペレル氏によると、私たちの両目は湾曲した網膜に光を投射しており、その視野はカメラやコンピューターの画面よりはるかに広いという。
また焦点の中心にある物体(たとえば写真に撮ろうとする満月など)は、脳が周辺視野にある物体よりも強く注意を向けているため、写真で見るよりも大きく感じられるのです。
そこでペペレル氏ら研究チームは、人間の目や脳が風景を知覚する方法「自然遠近法(natural perspective」)」を模倣した数学モデルを用いて、デジタル上の画像を肉眼に近い印象に補正するソフトウェアを開発。
FPSゲーム『Hammer 2』に出てくるターゲットボール(銃で狙う的)を通常の線遠近法と、ソフトウェアで補正した自然遠近法で表示してみました。
下の画像では、視野の広さにより影響の違いを調べるため、視野(FOV:Field of View、画面に映る視界の水平角度)を100度、120度、140度の3種類でレンダリングしています。
この画像を見ただけでも、見え方の違いはよく分かるでしょう。
視野を広く取るほど、従来の線遠近法では見たい対象は小さくなってしまいますが、肉眼に近い自然遠近法ではあまり大きさの違いなどを感じません。
こうした視野を広く設定した際のターゲットの見づらさについては、FPSゲームのプレイヤーほど実感が持てると思います。
また満月などを撮影しようとした際も、肉眼と写真内ではまったくサイズが異なって見えるという印象の問題も、このソフトウェアは再現できているのがわかります。
では、このように画面内の映像を肉眼に近い遠近法で表現したときと従来の線遠近法で表現したときに、人間の距離感にはどのような影響が出るのでしょうか?
研究チームは195人の参加者に協力してもらい、異なる場面と様々な幅の視野を持つ計72枚の画像で、ターゲットボールがどれくらいの距離にあるかを評価してもらいました。
ちなみに、画像中のボールの距離は以下の6つのどれかに該当し、参加者はそこから正解を選び出します。
その結果、参加者はどちらの表現でも画面内のボールの距離を「実際より遠い」と過大評価する傾向はありましたが、自然遠近法の方が線遠近法より距離を正しく推測できることが示されました。
また、その効果は視野(FOV)が広くなるほど大きくなっていました。
加えて、自然遠近法の画像のみを用いた訓練をしてみると、参加者は全体としてより正確な距離推定ができるようになったのです。
ペペレル氏はこの結果について「自然な遠近法の有効性は、実際の知覚条件下での物体の見え方に近いことに起因している」と指摘します。
氏は続けて、「このようにデジタル空間での遠近感を調整することで、ビデオゲームやCGI映画をより本物に近い没入感のあるものにできるでしょう」と述べました。
チームは現在、スタートアップ企業・Fovotecと協力して、デジタル画像を自然な遠近感に変換できるソフトウェアの商品化を進めているとのこと。
この取り組みが上手く行けば、ゲームで見える景色やカメラで撮影した写真などが、肉眼で見るのと同じ様に表現できるようになるでしょう。
FPSで遠くの敵の見づらさにイライラしていた人には快適なプレイが提供されるようになるかもしれません。
そして、感動した景色が写真ではしょぼくなってしまってがっかりしていた人たちは、目で感じた通りの感動的な光景を写真に残せる時代が来るかもしれません。