5年間飲まず食わずでも大丈夫?
地球上のあらゆる生物は、食事からエネルギーを得ています。
この生きていくために必要な単位時間あたりのエネルギー量を「代謝量」と呼びます。
代謝量は一般に体のサイズに大きな影響を受けますが、食事や周囲の温度によっても変化することが知られています。
一方で、深海生物ではこれらの要因に対する代謝応答の仕組みがよく分かっていませんでした。
中でも特に注目されるのがオオグソクムシ属です。
同グループに属するダイオウグソクムシでは過去に、鳥羽水族館(三重県)で飼育されていた個体が5年以上も絶食状態で生き延びた事例が報告されています。
この個体は2009年1月2日に50gのアジを食べてから2014年2月14日に亡くなるまで何も口にしなかったという。
しかも死因は空腹による餓死ではなく、体内の状態も5年間絶食していたとは思えないほど良好だったそうです。
しかし、これほどの期間を何も食べずに生きられた理由は解明されていません。
そこで研究チームは、オオグソクムシがどんな代謝戦略を持っているか調べることにしました。
(ちなみにオオグソクムシ属の寿命は正確に分かっておらず、野生のダイオウグソクムシは大体20〜40年ほど生きると推定されているが、推測の域は出ていないという)
ここでダイオウグソクムシの近縁種であるオオグソクムシを対象としたのは、本種が日本の海に生息し、採取や調査がしやすいからです。
ダイオウグソクムシ(学名:Bathynomus giganteus)は主にメキシコ湾や西大西洋、インド洋北部の深海200〜1000メートル付近に生息する体長20〜40センチの大型種。
対してオオグソクムシ(学名:Bathynomus doederleinii)は、日本の本州中部以南の水深150〜600メートル付近に分布しており、体長は10〜15センチ程です。
今回の実験では、オオグソクムシの代謝量を調べるために「酸素消費量」を指標としています。
酸素消費量は、オオグソクムシを呼吸室に入れて、室内にある酸素の減少量から算出しました。
そして、代謝に及ぼす「食事」の影響を調べるために摂食前後(ここではケンサキイカを与える)の代謝量を、「周囲の温度」の影響を調べるために異なる水温(6℃、9℃、12℃、15℃)における安静時の代謝量を測定。
その結果、オオグソクムシは驚くべきことに最大で自重の45%もの餌を一度に摂取できることが判明しました。
さらに、摂食後に代謝量が上昇する「特異動的作用(SDA:Specific Dynamic Action)」が深海生物として初めて確認されています。
SDAの各パラメータ(ピークレート、ピークまでの時間、持続時間)は餌の量と正の相関があり、食べた量が多いほどパラメータの数値も高くなっていました。
また面白いことに、餌をたくさん食べた個体では運動能力の低下が見られ、ピーク時のSDA増大により活動レベルが制限されている可能性が示されています。
一方で、水温が10℃上昇するとオオグソクムシの代謝量は2.4倍増えることも明らかになりました。
これらの情報から、たとえば水温10.5℃のとき、体重33グラムのオオグソクムシが年間に消費するエネルギーは約13kcalとなります。
つまり、仮に体重の45%の量のクジラの脂身を食べると、安静時の約6年分のエネルギーを獲得できる計算になるのです。
もちろん、野生下では餌を探したり、パートナーと交尾したり、周囲の水温が変わったり、餌の消化・吸収に余分なエネルギーコストがかかるので、6年間何も食べなくていいわけではありません。
しかしこの計算は、先にあげた鳥羽水族館のダイオウグソクムシが最後の食事から5年間絶食できた話と辻褄はあっています。
そのため、1回の食事で数年間の絶食に耐えられる潜在能力を持っていることは確かなようです。
その理由について、研究主任の八木光晴(やぎ・みつはる)氏は「深海に住む生物は、海底で餌に出会うチャンスが少ないので、環境に適応して1度の食事でたくさんのエネルギーを摂取できるように進化したのではないか」と話しています。
チームは現在、同大学附属の練習船や、長崎丸や鶴洋丸といった大型船を活用して、オオグソクムシのフィールド調査を続けているとのことです。