ハダニのオスは粘着質な強制脱衣の執行者でもあった
研究の世界では、気付きやアイディアによって、当初の目的とは異なる発見が行われることがあります。
今回の研究はその新たな例の1つとなり、ハダニのオスたちの突飛な生殖戦略の一端が明らかになりました。
研究者たちは当初、メスのハダニを巡るオスたちの闘争や忍び寄りなどの生殖戦略に興味を持っているおり、男性同士のやりとりを観察し、ビデオ撮影していました。
ハダニでは、最初の交尾をめぐる競争が特に激しいことが知られています。
大人のメスは複数の性的パートナーを持つことができますが、最初のパートナーの精子のみが卵子に受精します。
そのためオスが自らの遺伝子を残すには成熟したメスと最初に交尾を行う必要があり、必然的にオス間で激しい競争が起こります。
この競争の激しさはイヌやネコにみられる一般的な「メスを巡るオスの戦い」を超越しています。
その代表的な例が、メスに対するオスの「しがみつき警備」です。
メスは交尾可能な大人になる前に脱皮を行うことが知られており、また脱皮の前にはサナギのように、しばらく静止したまま動かなくなります。
ハダニのオスは動かなくなった未成熟なメスを発見すると、体にしがみついて警備し、別のオスが近寄ってくると追い払うための戦闘を開始します。
メスの体を独占することで、脱皮が終わった直後のメスと最初の交尾を行うことが可能になるからです。
そんなオス同士の熾烈な戦いを記録していたある日、研究者たちはメスに「しがみつき警備」を行っているオスたちが、奇妙な行動を行っているのに気が付きました。
脱皮の約1~2時間前、メスは古い皮膚と新しい皮膚の間の隙間を空気が埋めるため、銀色の外観を帯びます。
この段階になると、しがみつき中のオスは行動を変え、メスの体を手足で叩くようになったのです。
ハダニにおいてこのような叩き現象が報告されたことはありません。
そのため興味をひかれた研究者たちがオスの行動を追跡しました。
するとメスの脱皮プロセスが十分に進むとオスはさらに行動パターンを変えて、口を使ってメスの古い皮膚を切り裂き、生殖器がある腹部からの引きはがしを行いはじめました。
そしてメスの生殖器が露出させると、オスはすぐに自分の生殖器を挿入し交尾しはじめました。
一連の様子を観測した研究者たちは、オスがみせていた奇妙な行動の目的がメスの脱皮を促進し、交尾をするタイミングを自分の手で引き寄せるためであることに気が付きます。
オスが手足を使ってメスの体を叩いていたのは、古い皮膚を少しでも早く剥がすための刺激を加えていたのであり、生殖器のある腹部の皮膚を優先的に引きはがしていたのも、自分が一番最初に交尾するためだったのです。
実際、研究者たちがオスの存在が脱皮速度に与える影響を測定したところ、しがみつくオスがいないメスでは脱皮は体の前半部分から露出がはじまり、脱皮を終えるのに平均7.5分ほどがかかっていました。
一方、オスの手伝いがあるとメスは脱皮が腹部からはじまり、終えるのに平均2.5分しかかからず、5分ほど早く脱皮を終えられることがわかりました。
なかには交尾を急ぐあまり、メスの体の前半分が古い皮膚に包まれている状態にもかかわらず、交尾をはじめてしまうオスも観察されたほどです。
この5分という時間は短いように思えますが、ライバルに先立って最初の交尾を行うための「貴重な時間」となっていました。
しかし残念なことに努力が常に報われるとは限りませんでした。
しがみついているオスはメスの性器を露出させるタイミングを自分で引き寄せるため有利ですが、腹部の皮を剥く作業に没頭している瞬間は、メスの護衛効果が弱くなります。
ハダニのオスの中にはスニーカー(忍び寄るもの)と呼ばれる生殖戦略をとるものが存在しており、スニーカーのオスはこの瞬間を狙って、メスと最初の交尾を行ってしまいます。
メスが未成熟なころからずっとしがみついて警備し、大人になる脱皮も手伝ってあげたオスにとって、このような不意の横取りは巨大な損失となります。
というのも、メスにしがみついている間、オスは文字通り「飲まず食わず」を貫くという生命にかかわるリスクを背負ってきたからです。
研究者たちは、体長0.5mmほどの小さな生物が「しがみつき」によるメスの確保や「忍び寄り」による交尾権の横取りといった洗練された生殖戦略を持っていることは驚きだと述べています。
またハダニの生殖システムを理解することは、農業においても重要になります。
ハダニは鋭い口先を植物に突き刺し汁を吸うため、造園や農業にとっては迷惑な害虫となっています。
ハダニの理解を深めることは、より効果的な駆除方法をみつける上で有用になるでしょう。