シャチたちの独特の社会構造
狩猟のための「方言」がある
シャチを含むクジラ類において、声は重要なコミュニケーションツールです。
音は、空気中よりも水中ではるかに速く遠くまで伝わるため、クジラ類は、遠く離れた仲間ともコミュニケーションを取ることが可能です。
シャチは社会性が強く、3頭~50頭ぐらいの群れ(ポッド)を作り、コミュニケーションを交わしながら行動しています。
このポッドは、母、娘、孫を中心とした母系構造となっています。また、血縁の近いポッド同士は、似通った声でコミュニケーションを取ります。人間社会で言う、所謂「方言」のようなものがあるのです。
ではなぜ、シャチの世界にも方言が存在するのでしょうか?
これは、「地域のポッドによってエサが違うため、最適な狩猟方法が異なるからではないか」と考えられています。
シャチは、魚、アザラシ、クジラなど様々な生物を捕食します。しかし、地域によってエサが若干異なる場合があるのです。
例えば、南アフリカ沖のシャチはサメを狩ります。狩った後に、外科手術に近い精密さで内臓を取り除く行動も確認されています。
更には、栄養価も油分も高い「肝臓」を、特に好んで食します。つまり、この地域のポッドのメンバーにおいては、「サメの肝臓を取り出す方法」を年長者から学ぶことが重要なのです。
また、現在「世界中に生息するシャチは、全て同じ種であり、1種類しかいない」と考えられています。
しかし、体の模様や形には、若干の地域差があることも確認されています。「方言や行動の地域性が、体の特徴の違いを生み出しており、種の分化を促している」と考える人もいるようです。
「おばあちゃん効果」により、孫の生存率が上がる
シャチの世界には一匹狼という異端者は存在せず、ポッドという群れを作り生活しています。
そのポッドは母系構造だと述べましたが、そこには所謂「おばあちゃんシャチ」も所属しています。
シャチのメスは40歳くらいで閉経し繁殖を行えなくなりますが、その後90歳くらいまで生き延び、ポッドに所属するのです。
一方、オスは50歳くらいが寿命です。
通常自然界の生物たちは、繁殖こそを最大の目的として生きているため、繁殖が不可能になる閉経を経験しません。
進化の観点からすると、「繁殖機能のないメスが長く生きる意味はないため」通常は繁殖能力が衰えたメスは死んでしまうからです。
ところがシャチには、40~90歳の閉経後のメス「おばあちゃん」が存在します。これは生物学的にはかなり珍しいことです。
では繁殖ができない「おばあちゃんシャチ」は、なぜポッドに所属し続けているのでしょうか?
それは、おばあちゃんシャチは、若い世代のシャチ達よりも、「経験が豊富」という点で、ポッドに貢献しているからです。
特に、豊富な食糧源、効率の良い狩猟方法などを、ポッドのメンバーに伝えることにより、ポッドの生存率を上げていると考えられています。
太平洋岸北西部で数十年にわたってシャチの群れを分析してきた科学者によると、おばあちゃんシャチが死ぬと、その後2年間は、孫の死亡率が大幅に上がることも分かっています。
人類学の分野においても、タンザニアで狩猟や採集をして暮らすハッザ族の研究、産業革命前の時代に生きたフィンランド人とカナダ人のデータを2004年に分析した研究などで、「おばあちゃんがいる孫の方が、成人になるまで生存する割合が高かった」という結果が出ています。
これらは、所謂「おばあちゃん効果」と呼ばれています。
先に述べた通りシャチは「メスが、死亡前に閉経する数少ない哺乳類」の一種であり、これが謎とされてきました。
今回の研究結果により、その謎の解明が進んだのです。