こちらの記事は産総研マガジンでも同時公開されています。産総研マガジンの記事はコチラ!
アリは社会から孤立すると死んでしまう!?
――古藤さんの研究では、アリの背中に二次元バーコードを貼っている様子が非常に目を惹いて面白いのですが、まずはじめにアリの社会性研究とはどういう研究なのか教えていただけますか?
古藤:まずアリとかハチなど皆さんが想像する社会を持っている生き物の研究は、サイエンスの世界では生態学という分野を中心として古くから研究されてきました。これは本当に古い歴史のある研究分野で、私なんてまだ全然見習いレベルです(笑)
――そんな(笑)ではその歴史ある世界で、古藤さんが研究しているのはどんなことなんですか?
古藤:そうですね。たぶん皆さんもアリの社会というと、唯一子供が産める女王様がいて、それを頂点にたくさんの働きアリがサポートしながら集団で暮らしているというイメージはあると思います。
じゃあこうした社会(コロニーと呼んでいます)の一部として存在する働きアリが、その社会から切り離されて一人になったとき、どうするのか? 一人でも生きていけるのか? そういう疑問がここ10年くらい、私が取り組んでいる研究テーマの1つになっています。
――人間の世界でも孤独って問題になったりしますけど、アリが孤立したらどうなってしまうんですか?
古藤:実はこの社会性昆虫を一人ぼっちにしたらどうなるかっていう研究もすごく歴史が古くって、1944年にはアリを一匹だけにした場合にどうなるかという研究が出ているんです。
――80年以上も前ということですね。すごいですね
古藤:はい。なので私たちが、アリって一人になったらどうなるんだろう? みたいに日常でポッと浮かぶような疑問は、すでに当時の研究者も注目していました。そしてこのすごく古い論文では、アリを一匹だけにして飼うと、あっという間に死んじゃうよと報告されているんです。
――え? 死んじゃうんですか? その、あっという間というのはどのくらいなんですか?
古藤:普通、コロニーで暮らしている働きアリの寿命は大体1年くらいあるんですが、それが20日くらいで死んでしまうんです。
――それは短いですね。けれどそんな昔から観察されているのにまだまだ、研究する余地は残っているんですか。
古藤:そうです。当時の研究は技術的にもかなり限られていましたから、なんでそんなことが起きるのか? どんな行動をするようになるのか? どこか具合が悪くなるのか? そういった情報は全くわからないままだったんです。
でもここ数十年くらいで、アリの行動を見る技術はすごく進歩してきて、それがアリの背中に二次元バーコードを貼って行動をデータ化して分析するなど、私が現在研究で使っている方法などです。
――そんな昔からわかっていた事実でも、詳しいことは現代まで不明なままなんですね。人間社会でも孤独な人ほどストレスが大きくなって早死のリスクが上がるとか、そういう研究報告を見かけますが、アリが一人ぼっちだと死んでしまう理由も寂しいからだったりするんでしょうか?
古藤:確かに一匹だけになったアリを見ていると、寂しそうに見えるんですよ。彼らが仲間と好んで過ごすような居心地の良い狭いスペースを用意しても入ろうとしないで、ずっとウロウロ不安そうに歩き回るんです。こういうのは不安様行動といって動物全般に観察される現象です。
ただ、寂しそうというのはあくまで私たち人間が思い浮かべるイメージでしかなくて、実際はもっと違う理由がいろいろ関係するのだと思います。
――具体的になにか身体の調子が悪くなっていたりするんですか?
古藤:孤立したアリの身体の中を調べてみると、食事はちゃんとしてるんですけど食べたものがちゃんと消化できずに残ってしまっているんです。
――それはなんか私が聞くと寂しくてストレスで消化が悪くなってるのかなって考えてしまいますが、違うんですか?
古藤:確かにストレス反応のようにも見えますが、アリたちはそもそもおいしい食べ物を見つけるとバクバクバクと食べるんですけど、それを消化しないで巣に持って帰って、これ美味しかったよと仲間に口移しで分け与える習性があるんです。だから仲間と一緒だと出来ていた行動ができなくなるというところに原因があるかもしれません。
――そうなると、アリはさまざまな役割分担を持って社会を築いて生きる生物だから、一人きりになってしまうと生存に必要な活動が上手くできなくなって死んでしまうということですか?
古藤:それも1つの要因だと思います。もう1つ重要なのはアリは一匹だと生物最大の目的であるはずの子孫を残すことができなくなってしまうことです。彼らは集団で社会を築いて女王を助けることで初めて子孫を残すことが出来ているんですね。だから一匹だけになってしまうと、それはもう生きる価値なしの状態になってしまうんです。彼らにとっては社会がないということは、生物として目的を達成できなくなるというところが大きいのかなって思いますね。
――なるほど、一人きりになっても生き残ることはそもそも求められていないということですね。
古藤:はい。ただ、そのはずなんですけどよく観察していると、非常に面白いことにほんの一部だけサバイバーがいるんですよ。一人になってもへっちゃらですって感じでずっと生きていられる個体がいるんです。だから孤立すると必ずしも全員死んでしまうわけではないんです。
――それは不思議ですね。そうなるとやっぱり人間みたいだなって想像してしまいますね。映画のキャスト・アウェイみたいに無人島で遭難しても一人しぶとく生きられる人と、すぐ死んじゃう人がいるみたいな。
古藤:そう、本当に環境に耐える能力はすごく個体差があって面白いなと思っています。
――なぜ一部のアリは孤立してもサバイバーになれるのかってことはわかっているんですか?
古藤:社会の中の仕事分担みたいなことを自分の中だけで完結できるのか、その仕組みはまだよくわかっていません。まず大多数は死んでしまうので、サバイバーを見つけて調べることが難しいんです。なので私が今やっているのはなんで孤立すると死んでしまうのか? その大多数の傾向として何があるのか? まずはそこをきっちり調べることですね。そして今後より長いスパンでは、少数の生きられる子たちは何が特別なのかを明らかにしていきたいと考えています。