とても特殊なアリのオス
――働きアリって全部メスって聞きますけど、アリのオスってどうなっているんですか? 巣の中で女王しか子供を産まないってなると、その巣内では全部近親相姦みたいになってしまう気もしますが。
古藤:アリやハチのオスっていうのは非常に特殊な位置付けなんですね。通常の生物はお父さんとお母さんから染色体を半分の1セットずつもらって2セット持っています。これはアリのメスも同様なんですが、アリのオスについてはこれが半分、1セットしかないんですね。
基本的に女王アリは、結婚飛行の日にむけて産む以外、オスは作りません。それが外の巣の女王アリと出会って交尾して死ぬ。それが彼らのサイクルですね。
――あれ? それだと結婚飛行の後に子供を産むときの精子っていうのは女王アリはどうしているんですか?
古藤:アリの交尾は結婚飛行のとき空でするのが生涯で唯一の交尾になるんです。
――え? でもさっき女王アリは30年近く生きて卵を産み続けるって言ってませんでした?
古藤:そう、女王アリの体には貯精嚢という場所があって結婚飛行で受け取ったときの精子を30年間ずっと溜め込んだまま少しずつ使い続けて子供を産むことになるんです。
――ああ、それナゾロジーでも前に他の方の研究で取り扱ったことがありましたね。何でアリの女王が常温で30年近く精子を保持し続けられるのかっていう。
古藤:それもすごく面白いトピックスですよね。
――そこでも女王アリってかなり特殊なんですね。そういえば女王アリが死んでしまうと残った働きアリってどうなってしまうんですか?
古藤:そうですね、それも非常に面白くて、働きアリも卵をうめるようになるんです。
――え? 働きアリも子供が作れるんですか。
古藤:女王がフェロモンなどで他のメスの働きアリが産卵しないように制御していることが知られています。女王が死ぬとそのストップがなくなるので働きアリも産卵できることが知られています。
――でも相手となるオスがいないですよね?
古藤:そうです。なので先程話した未受精卵を産卵するんですね。つまりオスを産むんです。そしてこのオスたちは結婚飛行の日には女王アリを求めて飛び立ちます。そうして女王が死んでコロニーは滅びるけれど、自分たちの子孫は残せる可能性を作り出すんです。
――こうして聞くとほんとアリは特殊で驚くことばかりですね。
古藤:本当にそうです。働きアリの労働分業もメスの中だけだとスムーズに行われますけど、オスだとこれが起きないんですね。なので、アリの集団内のオスって言葉は悪いですが本当に使えないというか、何をしたら良いのかわからなくてオロオロしてたりボーっとしてたりするんです。なので、アリのオスについても、本当に決まった時期にまとめて作られるだけで基本的にはいないんですね。
――二次元バーコードのタグを付けてアリを追うって技術でこれから色んなことがわかってくるかもしれないですね。いずれにせよ、アリってまだまだこれから解明が進む生き物なんですね。人間社会との類似っていう部分でももっといろいろ掘り下げていけそうで、本当に興味深いですね。
謎だらけの身近な昆虫 アリ
――本日はいろいろお話を聞かせていただいて、本当にありがとうございました。
アリって子供の時にずっと眺めていたような記憶があるので、研究者の人たちはもうほとんどのことがわかっているんだろうな、と勝手に思っていましたけど、実際は身近な生き物なのにわからないことだらけなんですね。
古藤:そうですね。1つはアリにしろハチにしろ社会性昆虫というのが、研究室の限定された空間で維持や飼育するのが難しいということがあると思います。はじめに話したようなアリが1匹だと死んじゃうよという論文は80年近く前に出ているのに、研究が進展してこなかったというのは、アプローチの仕方に限界があったためですね。
だから何十年も後になって、同じ疑問を持った私のような人間が、新しく出てきた技術を使って調べると、一歩研究が先に進む。わかっていないことはまだまだたくさんあります。
私たちは勝手に身近な生物や、よく疑問に思う問題はどこかの研究者がとっくに解決しているんだろうと考えてしまいがちです。
しかし、実際はこんな身近なアリにさえ、多くの研究者が着目する不思議が数多くあり、まだ解明できないままなのです。
研究者は我々と同じように疑問を感じ、長い歴史ある研究を引き継いで少しずつ進展させています。
アリの研究には人間社会の問題点を異なる角度で明らかにしてくれる面白さもあります。
もしかしたら私たちが抱える社会問題が、アリの生態から解決されることもあるのかもしれません。
もし夏休みの自由研究のテーマに悩む学生さんがいるなら、次はこの謎多き生き物アリにしてみるのもいいかもしれません。
産総研マガジンのオススメ記事リンク
◆2022年ノーベル生理学・医学賞「古代DNAの解析」 とは? ―過去と現代をつなぐミッシングリンクへのアプローチ―
誤字を修正して再送しております。