56本の動画からノスタルジーに関連する言及を調査
そこで今回、アレニ博士ら研究チームは、1950年代から2019年までの特定の年代に関するYouTube動画のコメントを分析しました。
具体的には、1950年代から2010年代にかけての「Top Songs of year(年間トップソング)」というタイトルの56本の動画に焦点を当てました。
これらの動画のコメント3万7217件を収集、分析し、その時代に対する肯定的な感情や、ノスタルジーに関連する言及を調査したのです。
分析にはLeximancerという自動テキスト分析ソフトウェアが使用され、ユーザーのコメントからノスタルジーを感じさせるキーワードを見つけ出しました。
ただ、単純に単語だけを抜き出して来てもどのような文脈で使われているか判断するのは難しいため、この分析では、miss、days、times、kid、など抽出された単語を組み合わせて、「 (I miss those days. I was just a kid.)あの頃が懐かしい。あの時、私はまだ子供だった」のようなノスタルジックな文章が再構築できるかを試し、ノスタルジーに関連した言及であるかを判定しています。
分析の結果、2000年代から2010年代のミュージックビデオへのコメントは、1950年代から1980年代のものよりも、ノスタルジーを感じている内容のものが多くありました。つまり、最近の時代のビデオにコメントした人々のほうが、より強く懐かしさを感じていることが示唆されたのです。
アレニ博士は次のように述べています。
「私たちはソーシャルメディアの影響を通じて、最近のコンテンツに対してのほうがノスタルジーが強まると予測していました。しかし、1960年代や1970年代の動画に対するノスタルジックなコメントの少なさには驚きました。その時代のコメントは感謝の気持ちが中心で、その時代を生きていた幸運や喜びを表現していました」
この研究の限界として、コメントの年齢層を正確に特定することができない点はあげられます。
そのためアレニ氏は、「今後の研究では、数十年分の記録が保存された専用のサイトを使って参加者の年齢や背景とコメントの関係を明らかにすることで、特定の時代の動画にコメントを残す背後の動機についても詳しく知ることができるでしょう」と語っています。
しかし非常に古いコンテンツには懐かしさを示すコメントが少なく、新しいコンテンツに対しては懐かしさを示すコメントが多いという今回の研究結果は、人々にとっての懐かしさの意味を知る助けとなる可能性があります。
例えば、若者は卒業式のときに聞いた曲に懐かしさを示し、高齢の人は子供の結婚式で聞いた曲に懐かしさを示します。しかし、その曲はどちらもここ数年以内のコンテンツです。
これは私たちにとって懐かしさを感じるものは、振り返った記憶の鮮明さと関連づいており、その記憶との時間的な距離はあまり関連していないことを示唆します。
そのため高齢者は歳を重ねる中で、遠い過去の記憶に懐かしさを感じるようになると考えられがちですが、実際には最近の出来事のほうが懐かしく感じるパターンが多い可能性があります。
最近の出来事を懐かしく感じる人が多いという背景の1つには、ソーシャルメディアの普及があると考えられます。
ソーシャルメディアの普及により、人々は自分の体験や出来事を瞬時にシェアするようになり、近年の出来事や体験を共有して、その反応を受け取ることで、そのときの記憶が強化される可能性があります。
また現代の生活は変化が速く、情報が氾濫しているため、数年前のことであっても「昔のよい時代」として感じることができるのかもしれません。
ソーシャルメディアのおかげで、私たちは過去をより簡単に、そして詳細に振り返ることができるようになりました。この技術は素晴らしいことですが、一方で今現在の瞬間を楽しむのを忘れてしまうことがあるのも事実です。
研究者は記録を残すことと、今を楽しむことはトレード・オフの関係にあると話します。
例えば最近のスポーツの試合などでは、多くの観客が試合を目で見て楽しむのではなく、スマートフォンで記録しようとします。
花火大会に出かけても、直接花火を眺めているよりスマホの画面越しに花火を見ている人がほとんどではないでしょうか?
記録を残すために、画面越しに見ている風景は、今を直接楽しんでいると言えるでしょうか?
これは私たちがリアルタイムの体験よりも記録に価値を見いだしていることを示しているのかもしれません。
技術の進歩は、私たち人間が感じる感覚だけでなく、今を生きることの価値までも変えているのかもしれません。