月では熱による「月震」が起きている
月で発生する地震は「月震」と呼ばれ、その多くが温度変化によって発生する「熱地震」や、太陽や地球の潮汐に起因する「深発月震」と考えられています。
これらの月震は月面に設置された地震計により、8年以上に渡って測定されていました。
1969年のアポロ11号が最初に地震計を設置し、その後、アポロ12号、14号、15号、16号、17号のミッションでも地震計が設置され、1977年までの間、通算8年10ヶ月で12558回の月震が記録されています。
今回、シヴィリーニ氏ら研究チームは、NASAの支援を受け、機械学習モデルを使って過去の月震データを詳しく分析しました。
その結果、月震が正確な規則性を持って発生していることがわかったのです。
具体的には、太陽が月の上空の最も高い位置に達し、その後、ゆっくりと沈んでいく、いわゆる月の夕方のタイミングで月震が発生していることが判明しました。
この月震の原因は、月の地殻の温度変化によるものです。
月には大気が存在しないため、太陽から受ける熱が保持され、地表の温度が安定することはありません。
そのため、月の地表は太陽光に照らされる昼間には約120℃まで温度が上昇し、夜には約-133℃まで冷え込みます。この急激な温度の変化により、地殻が急速に膨張したり収縮したりします。これが小さな月震を引き起こすのです。
アポロ17号の着陸船そのものから発生していた月震
しかし、シヴィリーニ氏ら研究チームの機械学習モデルは、この夕方の月震とは異なる特徴を示す月震が、午前中にも正確な規則性を持って発生していることを検出しました。
そして研究チームはその震源を三角測量によって調べることで、午前中の揺れが地震計から数百メートル離れた地点にある、アポロ17号の着陸船そのものから来ていることを突き止めたのです。
なぜ着陸船そのものから揺れが発生するのでしょうか。
実はこの揺れも太陽光による温度の上昇が原因となっていました。
毎朝、太陽の光が着陸船に届くと、月の地表と同じように着陸船の表面温度も約120℃まで上昇します。
高温になった着陸船の表面が膨張することで、地震計が感知するほどの振動を引き起こしていたのです。
これらの新たな月震データは、今後の月探査ミッションにとって非常に価値があると考えられます。
熱による月震は非常に規模が小さく、月面での活動に直接的な影響はないかもしれませんが、今後の月着陸船や機器の設計に役立つ可能性があります。
さらに、月の南極に建設が計画されている「アルテミス・ベースキャンプ」、中国主導の月面基地計画「国際月面研究ステーション(ILRS)」、さらにESAが提案している月面の拠点である「ムーン・ビレッジ」の建設に関しても、今回の月震データが考慮されるでしょう。
また、今回の研究に参加した、米カリフォルニア工科大学地質・惑星科学部門の地球物理学研究教授であるアレン・ハスカー氏は、「地震活動の研究は天体の内部を調査する最適な手段で、これによって天体の深部構造や、地下に存在する資源、例えば水や氷の位置などを特定するのに役立つ」と語っています。
月震の調査を通して、いずれ月の地下に存在する資源が見つかるかもしれません。
月には地球のようなプレートテクトニクスや活発な火山活動はありませんが、科学者たちは依然として月の内部構造に関して多くの謎を抱えています。
ハスカー氏は最後に「正確な疑問への回答を得るためには、手元にあるデータから最大限の知識を引き出すことが必要だ」と強調しました。
今も多く月に放置されている人工物
今回、50年以上も前に月面に放置された月着陸船が小さな月震を生み出していることが判明しました。
冷戦時代にアメリカとソ連が繰り広げた宇宙開発競争や、その後さまざまな国が行った月面探査の結果、月には多くの物資が送りこまれ、そのまま残されています。
その総量は180トン以上にもおよび、中にはアポロ17号の着陸船よりも大きなものも含まれています。
もしかすると月に残された人工物たちは、あちこちで太陽光にさらされ、小さく震え続けているのかもしれません。