キメラ技術の問題点は混ぜ合わせが弱さにある
キメラの用語はギリシャ神話に登場する、ライオンの頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持つハイブリッド動物として描かれています。
一方、生物学におけるキメラはより柔軟な存在であり、2種類以上の異なる遺伝子を持つ細胞が1匹の体内に同居している状態を示します。
名前の印象とは裏腹に、キメラ生成の基本となる原理は単純であり、ベースとなる宿主胚の幹細胞に別個体の幹細胞を混ぜることで作られます。
宿主が成長すると、移植された幹細胞も成長に合わせて脳・心臓・腎臓・肝臓・精巣・精子などさまざまな細胞に変わっていき、宿主の細胞と一緒に体を構成することになります。
またキメラ研究が行われている動機は、SFのようなモンスターを作るためではなく、医学において有用とされているからです。
特定の遺伝子疾患を持つ細胞と健康な細胞を混ぜ合わせることで「胃だけが病気の個体」や「肺だけが病気の個体」など現実の病気に近い状態を作ったり、変異した細胞が健康な細胞にどのように影響するかを調べることが可能となります。
また絶滅危惧種の細胞を近縁種の細胞を混ぜて、体は近縁種でも生殖器は絶滅危惧種のもととなるようにすることで、絶滅危惧種の精子や卵子を量産することも可能になります。
一方、既存の遺伝子操作では実験動物の全ての細胞が同じ遺伝子で構成されているため、キメラのような器用な設定を行うのは困難でした。
ただ、これまでの研究で作られたキメラサルの場合、宿主細胞の比率が圧倒的であり、移植された細胞が各種臓器に占める割合は0.1~4.5%に過ぎませんでした。
この状態でもキメラとは言えますが、移植細胞の寄与があまりに低いため、病気研究のモデルとして使うのに適していません。
病気の細胞が臓器のなかで0.1%しかない場合、そもそも病気の症状を発症してくれない可能性もあるからです。
移植細胞の率が低くなってしまう原因は、宿主細胞と移植細胞で発育上のタイムラグが生じてしまい、移植細胞の競合的な排除が起こるためだと考えられています。
簡単に言えば、宿主胚が「そろそろ脳を作りたいなぁ」と考えているときに、宿主細胞だけが脳にすぐなれる細胞を有していて、移植細胞にそのような細胞がない場合、結果的に脳のほとんどが宿主細胞だけで作られるようになってしまいます。
そのため研究ではまず、採取した幹細胞たちに対して事前の調整を施しました。
この調整は2022年に『Nature』発表された幹細胞の時間の巻き戻し技術がベースとなっています。
また移植細胞の区別がつきやすいようにするため、移植細胞の遺伝子を組み変えて緑色の光を発するように変化させました。
そして緑色に光る細胞(胚性幹細胞)を最大で20個、宿主胚に注入し、74個のキメラ胚が作成されました。