ヒト脳組織をAIのパーツとして組み込む
人間の脳はどんなコンピューターよりも強力な演算装置です。
通常のコンピューターは1つ1つの処理を前から順番に完了させることしかできませんが、私たちの脳は多くのタスクを同時並列的に処理できます。
そのため、友達と電話をしながら料理をしつつ、動画を鑑賞するといった離れ業も無意識的に可能になります。
ですが何より決定的なのは、脳では情報処理を担うプロセッサ(CPU)と情報を記録するメモリが、一体となっている点にあります。
現在のほぼ全てのコンピューターではCPUとメモリは物理的に隔てられて設置されており、両者の通信速度によって性能が頭打ちになってしまいます。
これは現在のコンピューターが抱える避けられない問題であり、フォン・ノイマン・ボトルネックとして知られています。
このボトルネック効果による処理速度の頭打ちは、AIの性能においても重大な問題を引き起こしています。
そのため近年では、既存の制限を乗り越えるために、ヒト脳組織を使ったコンピューターの開発が行われるようになってきました。
といっても、SFのように生きている人間から脳を引き抜くわけではありません。
実験に使用される脳組織は、万能性のある幹細胞を脳細胞に変化させることで作成される人工培養脳(脳オルガノイド)です。
ヒト脳オルガノイドは人間の脳細胞から構成されており、局所的に人間の脳に似た構造をとり、簡単な誘導で1対の目を生やすなど本物の脳とよく似た挙動を示します。
そのため既に人体実験の代替品として、薬剤テストや遺伝子組み換えの研究が進んでいます。
たとえば以前の研究では、脳以外に人工培養された皮膚・肺・肝臓などの複数臓器をカートリッジ化して接続することで、疑似的な人体を構成し人体実験の代用とする計画が提唱されています。
また脳オルガノイドを演算装置のパーツとして組み込む試みは以前にも行われており、2021年に行われた研究では、脳オルガノイドを使ってテニスゲームをプレイさせることにも成功しています。
そこで今回、インディアナ大学の研究者たちは新たな試みとして、人間の脳組織を搭載したバイオAI「Brainoware」の開発を行い、日本語の音声認識や高度な方程式(エノン写像:Hénon map)を解けるかを検証することにしました。