体に活力が戻り寿命も7%伸びた
調査においてはDREADD(デザイナードラッグによってのみ活性化されるデザイナー受容体)という革新的なツールが使用されました。
何やら小難しそうな名称ですが、原理は簡単です。
この方法ではまず毒性のない安全なウイルスのDNAに、自然界には存在しない薬物(CNOなど)にのみ反応するセンサー(受容体)の設計図を組み込み、脳細胞に注射します。
こうすることで特定の薬物を注入すると、ウイルスを取り込んだ脳細胞のみを活性化あるいは抑制させることが可能になります。
すると上の図の緑で示された、視床下部に存在する特定のニューロングループが白色脂肪組織に向けて信号を発していることが判明。
信号を受け取った脂肪組織はエネルギー源となる脂肪酸とeNAMPTと呼ばれる特殊な酵素が小さな小胞にパッケージされ放出されていることが明らかになりました。
そしてこの酵素「eNAMPT」が血液に乗って視床下部に到達すると、白色脂肪組織に向けた信号をさらに発するように脳細胞たちを促します。
このフィードバックループが進むと脂肪の分解が進み、脳と体に多量のエネルギー源が供給されるようになります。
しかし老化したマウスでは脳細胞の元気がなくなり、フィードバックループをはじめるための信号が徐々に弱く使用頻度も下がっていくことが示されました。
また使用が減ると神経経路の配線も徐々に劣化し、若い頃には左のように強固だったネットワークが老化によって右のように薄くまばらになることが示されました。
さらにニューロン内部を詳細に調べると、本来は核内に存在するPpplr17と呼ばれるタンパク質が、老化したマウスでは核から漏れて細胞質に広がっていることがわかりました。
老化した細胞では、本来あるべきではない場所に、タンパク質が漏れていることがあります。
そこで研究者たちは遺伝的手法を用いて、視床下部のニューロン核内部にPpplr17が留まるようにしてみました。
老化にともなって発生した現象の1つを、細胞レベルで取り除いたわけです。
すると驚いたことに、操作が行われたマウスは高齢になっても活動的で頻繁に回し車で遊び、毛つやも光沢があって見た目も若々しくなっていることが判明。
また通常のマウスの寿命は1000日(2.5年)を超えることはまずありませんが、操作を受けたマウスでは1000日を超えて生存するものも現れ、平均寿命も7%ほど伸びていることが示されました。
日本人の男性の平均寿命(約80歳)から換算すれば、この変化はおよそ5.6年(しかも健康で若々しい状態での5.6年間)に相当します。
今後、今井氏らは脳と脂肪組織の間の連絡回路を維持するための方法を研究していくと述べています。
たとえばeNAMPTを外部から補給することができれば、視床下部を刺激して脂肪組織からのさらなるeNAMPTの生成を促進し、フィードバック回路を強化できる可能性があります。
もしeNAMPTの外部補給によって人間でも劇的な若返りや寿命延長が起きるなら、史上初の若返り薬、あるいは寿命延長薬となるでしょう。